
DV(ドメスティック・バイオレンス)防止に向けた取り組みの男女不平等
1節.DV法施行と疑問点
2節.本論の構成
1節.夫婦ゲンカの実態 女から男への攻撃−言葉による攻撃
1.傷つける言葉
2.女は本当に口が立つのか
@記憶の飛び火
A「何もしない」「いつもそう」などの事実と異なる発言
B超えてはいけない一線を超える
Cわがまま
2節.女から男への攻撃 その他
1.暴力
2.相手の行動を制止・妨害する実力行使
3.女であることを利用した攻撃
3節.加害者更正プログラムの不平等
1節.DVの定義
1.広義・狭義のDV
2.帰宅拒否症候群
2節.妻から夫へのDVの実態
1.暴言
2.交友関係や電話を細かく監視する
3.暴力
4.セックスの強要
5.妻が休日の過ごし方を決める
6.財布の紐を握る
1節.被害者・加害者となる背景や原因
@医学的説明
Aフェミニスト的説明
B社会的学習論
2節.親密で個人的な関係の男女間におけるギブ・アンド・テイクについて−構造的な不平等
1.男女平等とは
2.男女の役割分担について
@能力・特徴の差からくる役割分担
A役割分担からくるギブ・アンド・テイク
Bまとめ
3.恋愛での性役割
4.恋愛は男女平等か
@出会い
A交際中
Bセックス
Cプロポーズ
D結論
5.まとめ
3節.まとめ−支配的な欲求を持つ理由
1節.DVを犯さずに傷つけられた名誉を回復する方法の確立
2節.女性向け加害者更正プログラム
1.DVおよび夫のDVを誘発する攻撃行為の抑制
2.「男役割・男らしさ」要求の抑制
3.「男役割・男らしさ」要求抑制のための具体的なカリキュラム
1節.本研究の要約
2節.今後の課題
DV(ドメスティック・バイオレンス)防止に向けた取り組みの男女不平等
最終修正日2006年9月23日
1節.DV法施行と疑問点
2001年10月に「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」[1](以下DV法)が施行された。以来、わが国においてもDV被害者保護が正式にスタートした(2004年12月改定DV法施行)。
加害者の更正教育については、各自治体および民間団体でさまざまなプログラムに取り組んでいる。
しかし、法律の内容や加害者更正プログラム、「暴力」の定義や夫婦間のトラブルの実態を調査するうちに、以下のような疑問を抱いた。
それは、なぜ夫婦間、カップル間の攻撃の応酬のなかで、男から女への殴る、蹴るをはじめとした攻撃「のみ」が問題とされるのか、というものだ。
たとえ夫婦・カップルといった個人的で親密な関係においても、暴力が許されない行為であることには異存がない。しかし、気にくわない事があると妻に八つ当たりするようなケースを別とすると、通常ドメスティック・バイオレンス(以下DV)は、男女双方の一連の争いの中で起こるものである。
しかし現行の解決策は、(主に)女の被害者を保護することと、加害者である男の行動を更正プログラムによって変えさせること、の2つに終始している。
法律はあくまで「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」であり、男でも被害にあえば保護を求めることができるが、DV法前文に「配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり、経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を行うことは、個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げになっている」とあるように、被害者としては基本的に女のみを想定している。
果たして本当に男から女による暴力「のみ」を問題行動とし、男だけに責任を押しつけてしまっていいのか。ケンカの中での、女の行動には全く問題がないのか。
これが、本研究の動機である。
2節.本論の構成
本論では、男だけに責任が押しつけられている現行のDV防止対策について、暴力に至るまでの過程、攻撃のやりとりはどのようなものか(2章)、逆に女からの攻撃のなかに、本来ならDVにあたるものはないのか(3章)、という主に2つの観点から反論を試みる。
2章「夫婦ゲンカの実態から離れたDV対策」では、まず1、2節でDVに至る夫婦間の争いを再現し、夫の暴力は、男女双方の攻撃の応酬の末に起こることであることを示す。にもかかわらず、加害者更正プログラムでは男の行動を変えさせることのみに焦点がおかれているが、3節では、アメリカで行われている加害者更正プログラム「ドゥルース・モデル」および「エマージ」について、男性差別的な部分を批判的に紹介する。
3章「忘れられた、妻から夫へのDV」では、1節で、広義(道徳的基準)、狭義(法適用基準)のDVの定義を整理するとともに、帰宅拒否症候群がDVの結果であることを示す。この定義にしたがい、妻から夫へのDVの実例を紹介したのが2節である。そのほとんどは、加害者側にはDVという意識がない。
なお、2章、3章では、夫婦間の実際のやりとりの内容を扱うため、資料はDV被害状況調査のような統計ではなく、ドキュメンタリー形式のものを用いる。
4章「男の支配的な欲求を誘発する女の態度」では、1節でドナルド・ダットンによるDV加害者が暴力を振るう理由の説明を引用し、そのうち「フェミニスト的説明」である「男が女を支配したがる欲求」について、恋愛は男女不平等で男の負担がより大きく(GenTrade(2005))、女を支配することは、そのマイナス分を埋め合わせる手段の1つであることを2節で述べる。
このような現状をふまえ、男性差別的でないDV防止策として、「DVを犯さずに傷つけられた名誉を回復する方法の確立」(1節)と、「女性向け加害者更正プログラム」(2節)を、5章「DVの男女不平等を解消するには」で提案する。
[1] DV法については、法律実務の面から問題点が指摘されている(常盤紀之「『配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律』における保護命令制度についての問題点」判例タイムズNo.1146、2004.6.1)
夫婦やカップルといった、個人的で親密な男女は、時としてさまざまな方法で相手を攻撃する。
夫婦ゲンカにおいても、男女間での攻撃のやりとりがある。攻撃の形態はバリエーションに富んでおり、暴力はその1つの方法である。いずれの攻撃方法でも、相手はいら立ち、心は傷付く。ウォーカー(1997)も、ケースによって、暴力の前に被害者からの挑発行為があることを認めている。
なぜ、男から女による、パンチやキックによる攻撃「だけ」が問題視されるのか。
本章では、DVに至る夫婦ゲンカの実態を示すとともに、実態にそぐわない男性差別的なDV対策について指摘する。
なお、本章では、DVの検挙件数、全国の婦人相談所に一時保護された件数のうち夫の暴力・酒乱によるもの、DV防止法に基づいて裁判所が出した接近禁止命令や退去命令の件数といった統計には表れない夫婦ゲンカの実態に迫るのが目的のため、用いる資料は統計ではなくドキュメンタリー形式のものとする。
1節.夫婦ゲンカの実態 女から男への攻撃−言葉による攻撃
1.傷つける言葉
「夫の暴力は、妻からのひどい言葉の暴力にさらされるなど、精神的にたまらない状態で出ることが多い」(家庭裁判所調査員)(中国新聞文化部編(1998))
「かっとしてやってしまった人に、かっとすることの理由をきくと、『妻が罵倒したから』というかもしれない。『妻が罵倒した』ことはこれは怒りをもつには正当な理由かもしれない。そして妻に罵倒される状況をとりあげて心理カウンセリングを行うこともできるだろう。けれどもそれは(中略)暴力をふるうことについての正当な理由ではないのである」(小西(2001))
おかしいのは、なぜ、「夫の暴力」だけが問題視され、妻の罵倒は野放しなのだろうか、ということだ。
「悩みを持つ人に出会ったら、まずは彼女の話しをしっかりと聴いてあげてください。助言はいりませんん。(中略)そしてその人が殴られたり小突かれたりするには値しない、尊厳を持った大切な人であることをあなたの言葉ではっきりと伝えてください。」(森田(2001))
これは、本当なら男にも当てはまる。
罵倒という言葉の暴力の加害者=女、被害者=男については、以下の物言いが成り立たなければ男女不平等である。
「かっとして夫を罵倒してしまった人に、かっとすることの理由をきくと、『夫が言うことを聞いてくれないから』というかもしれない。『夫が言うことを聞いてくれない』ことはこれは怒りをもつには正当な理由かもしれない。けれどもそれは、罵倒することについての正当な理由ではないのである」
「悩みを持つ男性に出会ったら、まずは彼の話をしっかりと聴いてあげてください。助言はいりません。そしてその人が罵倒されたり無視されたりするには値しない、尊厳を持った大切な人であることをあなたの言葉ではっきりと伝えてください。」
堀ちえみのケース[1]でも、夫の暴力がある前に、「口論」があったのだ。
中村(2001)にある、中村自身も開催者であった、1999年5月から6月にかけて行われた「非暴力グループワーク」の参加者の感想である。
「四月のはじめ、妻から『あなたは何もしない』と責められ、妻とけんか。ものすごく腹が立った」
妻の言葉の暴力の存在が見てとれる。
「十年間つづいている彼女がいる。彼女の勧めでここに来た。だんだんと暴力を振るうようになった。(中略)言葉で表現して、暴力なしでケンカできるように、ちょっとずつ変わってきた」
言葉での暴力の応酬があると推測できる。
「ケンカをしていて、妻に言い返せなくなり、暴力的になる」
やはり、DVは、ケンカの最中に行われ、激しい言葉での応酬の末に手が出るのである。
言葉で傷つけるほうが、拳で傷つけるよりまし、ということにはならない。原爆で何十万人も殺すより、毒ガスや小型爆弾で数十人殺すほうがまし、と言っているのと同じで、言葉の持つ力、その攻撃力を軽視し過ぎている人間の無責任な言葉だ。
拳による暴力が大罪であるのは疑いの余地がないが、言葉による暴力も時には拳と同じかそれ以上の破壊力を持つのである。決して見過ごせるものではない。
2.女は本当に口が立つのか
そもそも、ケンカの時に女が言う事は論理的なのか。
違う言い方でいうと、「一理ある」と納得できる、重く受け止めるに値するものなのか。
説得される、論破されるのではなく、女と同じだけの酷い、相手の心にぐさりと突き刺さる悪口を思いつかない、少なくともスピードで女に負ける。あるいはなんとも答えようのない理不尽な事を言われ、返答に困ると「反論がない」と見なされる。
これが口ゲンカで男がやられてしまう実態ではないか。
口数が多ければいいというものではない。
言い返せないのは、別に女の言うことが正しく、納得しているからではない。
何がどう間違っているか、論理の矛盾点を即座に説明できなくて言葉に詰まってしまう場合もあるのだ。
ここでは、何とも対処のしようがない女の口撃のなかで、特に理不尽で、耐えがたい、許しがたいものを挙げる。
@記憶の飛び火
「もめごとが起きると、妻はどんどん昔のことを持ち出してくる。まったく関係ない話題での意見の食い違いでも、妻は、親と同居してた時に苦労した話を持ちだし『あのとき、何もしてくれなかった。あなたはやっぱり自分のことしか考えない人だ』と畳みかける」(中国新聞文化部編(1997))
「三年前に別れた妻はこの記事(記憶の飛び火)のとおりでした。口論になると、いつの間にかほかのことを引き合いに出して、私を責めていました。(中略)別れる決心がつく前、私は帰宅拒否症候群になりました。」(中国新聞文化部編(1997))
この場合、口論の際の「記憶の飛び火」が帰宅拒否症候群の原因であると診断されれば、記憶の飛び火をぶつけることはDVである、といえる(詳細は3章1節2)。
「女とケンカはするべきじゃない(中略)根負けしちゃうんですね。女性はカッとくると話が非常に飛躍するでしょう。とんでもない昔のことを引っ張ってきたりする。」(石坂(1993))
「今現在のトラブル以外のことにまで話を広げ、相手を非難、自己弁明」
「昔のことを言われたとき」
「時間の経過で回復不可能なことを持ち出す」
(アンカップリング研究会編(1996))
男としては、「だから何」と言うしかない。
女のほうは、昔の嫌な記憶が次から次へと頭に浮かんできて、ますます辛い気持ちになって、それを思わず口にしてしまうのかもしれないが、昔の話は昔の話、係争中の話題と関係ない話は関係ない話である。本音としては「知ったこっちゃない」んだが、それを口に出すと女の気持ちを踏みにじることになるので、言わない。沈黙は男の気遣いである。
A「何もしない」「いつもそう」などの事実と異なる発言
離婚を切りだされた夫が、理由をたずねると「あなたは何もしなかった」という。しかし実際には、夫は家計を妻に任せうるさく言わず、週末はパスタやカレーを作ることも多かった。住んでいたマンションも、妻の言うままに買ったようなものであった。(亀山(2003))
「あなたはいつでも、家事をひとつ残らず私に押しつけて、子どもの世話まで同時にさせるのよね」
「どうして毎回飽きもせずにこういうことをするわけ?」
「あなたって、何かっていうとかならず私をやりこめるのね。私の意見を尊重してくれたことなんて、一度だってないじゃない」
(ピーズら(2002))
事実と異なることを言われ、しかも自分の実績が無視され、低く評価されている。
感情を言葉にしてぶっつけているだけの女は気付かないだろうが、男にとってこれは耐え難い侮辱である。心は傷付き、筋が通らない、客観的・論理的でない相手の発言に苛立つのである。
そう、拳をお見舞いしてやりたいくらいに。
先に紹介した堀ちえみのケースも、数の子を床に落として「あ゛ー、ドジ。あなたって『いつも』そうなんだから」[2]と金切り声で言われたら、男にはかなりひどい攻撃と映る。この辺について、女は自分の行動が相手をいかに苛立たせ、傷つけているかについて無自覚である。
いつも、ではない。妻が頑張って床をきれいにしていて、汚れることを人一倍嫌がることくらいわかっている。だから食べ物を落とさないように気をつけている。当然だ。食べ物を落としてしまって悪かったと思っている。それなのに・・・自分を正しく評価してくれていない。
せっかくきれいにした床が汚れてムカッとくるのはわかる。そして、誰が悪いのかもはっきりしている。だからといって、感情をコントロールできず怒りをそのまま言葉に乗せて相手にぶっつけたのでは、怒りを拳に乗せて妻を殴る夫と同じではないか。
B超えてはいけない一線を超える
「男は、多少感情的になっても、ここまで言うとちょっとやばいことになりそうだ、抑えておこう、と歯止めをかける。ところが、女性は言い募りますからね。そりゃ、妻の言葉の暴力はすごいですよ。最後にはそこまで言われるのが分かっているから、その前に引こう、と思ってしまう。大人気ない言い合いはしたくない」
「妻の思考パターンが理解できない。(中略)なぜ、われわれ男のように、もう少し冷静に、もう少し客観的に、もう少し言葉を抑えて、会話をすることができないのか」
(中国新聞文化部編(1997))
子持ち再婚の男性が妻といさかいをした。「あんたには子供がいるじゃないの。うちに来てよくそんな態度ができるね」夫婦でも、それを言っちゃあ、おしまいよ、という言葉がある。この男性は「前の妻と比べるような言葉は禁句」と思い、それを守っていた。それと同じように、妻が先妻の子のことを持ちだすのもタブーであるはずだ。「その一言を口にしなければ、『まだ、最後の一線はわきまえてるな』と評価することができ、復元することができるのに」(中国新聞文化部編(1998))
話し合いにはルールがあるだろう。たとえば
「子供の前で、相手をバカにしない。親兄弟の悪口を言わない。気にしている肉体的特徴を突かない」(中国新聞文化部編(1997))
それを逸脱し、相手を傷つける、屈服させることを目的とした物言いは「話し合い」ではない、ケンカだ。ケンカに言葉の暴力と拳の暴力の区別はない。
腹が立ったら何を言ってもいいのか?
言いたい事を言うだけで、ルールを守らない。相手の言い分についての是非ではなく、単に相手の人格を傷つけるだけが目的の言葉を平気で言い、しかもケンカ後、その時の発言について責任をとらない。
そんな人間が、「口では口で返せ。口で言われて手を出したら負けだ」などというルールを持ち出したところで、説得力もなければ、そのような手前勝手な「ルール」に付き合う義理もない。
Cわがまま
ここで紹介した他の3つとは若干異なり、純粋な攻撃というよりは、話さないことによる攻撃とでもいうべき、話し合う姿勢をまったく見せない女の態度である。
「自分がやりたいことに対して、否定または妨害するような意見には無視を決めこむ。そうしてあくまでも実行する。(中略)家庭に君臨する女性はこういう傾向が強いように思う。一応夫に相談する形はとっても、それは合意を取っているにすぎず、自分の中ではすでに決定済みなのである。夫もそれをよく承知しているからまともに聞いていない。」(石坂(1993))
「イエス、イエスと受け入れているうちはいいが、『しかし』と言うと途端にそっぽを向いてしまうのだ。(中略)アパートの近くに大家が住んでいて、息子が楽器を弾く。そこに『うるさい』と名前を名乗らぬ電話や無言電話がかかるようになった。それとなく大家から尋ねられ、妻を観察していると、子機を持って不審な電話をしていることがあった。(中略)『階段の音にしたって、隣の人の音にしたって、うちが音立てたら、相手も気になるだろうし、それはお互いさまじゃないか。お前は考えすぎだ』優しく言ったつもりだが、妻は自分の非に触れられると横を向いた。」(中国新聞文化部編(1998))
ここまで女に特徴的な口撃について見てきたが、さらに困るのが、上記のような女たちの言葉の口撃に対し、家庭の平静を保とうと男が黙って我慢すると、女は了承したものと受けとってしまうことだ。
実は不満があると聞かされると「なぜ折れるのか。逃げるのか。言いたいことがあれば言えばいいじゃないか」(中国新聞文化部編(1997))と女はいう。
しかし男からすると、女が、まともな話し合いができる相手なのかどうかそもそも疑問だから黙ってしまうのだ。
「間違って私が論破でもしようものなら、それからの数週間、妻は復讐の鬼と化します」(中国新聞文化部編(1997))
2節.女から男への攻撃 その他
ここでは、双方の攻撃の応酬のなかで女から男への暴力に至ったケースだけを扱う。単発の暴力は3章で触れる。
1.暴力
DVを語るとき、女から男への暴力は、男の暴力からの自衛的なものにすぎないと説明されることがある。(ジェイコブソン(1999)、ペンス(2004))
しかし以下にある例は、女のほうから先制攻撃をしかけたものである。先に手を出してしまっては「自衛のため」などと言うことはできない。
浮気を疑い夫が留守のあいだに机の引き出しを開けてクレジットカードの請求書を調べ(この行為はDVにあたる。3章2節参照)、証拠を突きつけて夫に迫る。その後言葉での応酬がある。「人の机の引き出しを勝手に調べるなんて、恥ずかしくないのか」「恥ずかしいのはあなたでしょ。浮気なんかして」「してない。浮気はしていない。俺が恋愛するときはいつも本気だ。お前とは浮気ぐらいにしておけばよかった」ここで妻がキレてまずビンタをかます。夫はパンチをお返しして、妻は眼底出血。医者には夫に殴られたと伝えたという。(吉廣(2001))
現行法ではこの場合、夫だけがDV加害者のレッテルを貼られ悪者になってしまう。
何をされても暴力だけはいけない、というルールを適用するならそれでもいい。ただしこの場合、ルール違反は先に手を出した妻である。
ウォーカー(1997)にも、毎晩帰りが遅く寂しかったので、深夜11時に帰ってきた夫を激しく責め立て、怒鳴り散らして、物を投げつけた妻の話が紹介されている。この後、妻が椅子を押し退けた時に椅子が夫の膝に当たり、ついに夫はキレて妻を殴ってしまう。
ウォーカーはこのケースについて、「夫が、遅くまで働いて妻を無視するという虐待をしてきた」などと言っているのだが、ちょっと待ってほしい。
別に遅くまで働いていたのは、自分だけのためではないだろう。いい仕事をして結果を出すことは、収入増・より安定した雇用へと結びつくわけで、妻にとっても利益があるはずだ。
それに、もし男女逆だったら、同じ見方をするのか、はなはだ疑問だ。
妻のほうが収入が多く仕事が忙しい夫婦において、妻の帰りが遅く1人で寂しく不安だからといって、夫が「どうせ浮気でもしてるんだろう。俺よりも仕事のほうが大事なんだろう」と夜遅く仕事に疲れて帰ってきた妻に悪態をついたとする(上のケースでは、妻は夫に物まで投げつけているが)。
果たしてウォーカーやDV問題に関わっている者たちは、この妻を「仕事、仕事と、妻が夫をないがしろにして『虐待』した」と評価するだろうか。
逆に「妻が仕事を充実させるのを妬み、不満を持つ男は、『男は外、女は家』という古い男女観を持ち、男尊女卑的スタンスの持ち主である。だから、女、特に自分の恋人や妻が仕事で成功することを望まないのだ」と言うに違いない。ウォーカーなら「悪態をつくことで、『男は外、女は家』という伝統的性役割から外れていると罪悪感を植えつけ、夫は妻を精神的に虐待している」と評するだろう。
ダブルスタンダードの典型だ。
確かに、女をこのような行動に至らしめるには、男に何か問題があったのかもしれない。
女がムカッとするような事を男をしたり言ったりしたのかもしれない。
だが、男が手を上げた場合はそれでも男が悪い、何を言われようがされようが暴力はいけない、とされるのである。
カッとなって思わず手が出てしまうのは、女も同じなのである。
「そのくらいは男なんだから我慢しろ」「パンチやキックによる攻撃、つまり暴力に比べれば『大したことはない』ので、攻撃を受けた男の身体的・精神的ダメージなど『考慮するに値しない』」というのが、男性差別であることは明らかである。
男に対し「思わず手が出てしまうような酷いことを女にしたり言ったりするな」と要求するのは賛成である。
しかし、同じことを女も要求されることを忘れてはいけない。
2.相手の行動を制止・妨害する実力行使
直接身体に危害を加えるわけではないが、女が、男が行っている行為を制止・妨害する実力行使を行うことがある。男から見れば、自らの意思に反して、他人の手で強制的に行動を止められるわけだから、一種の暴力だといっていい。
たとえば、夫婦ゲンカの最中に電話が鳴り、夫が応対しているところをイライラした妻が電話を切ってしまうとか、夫がテレビを見ている時、妻がテレビを消してしまうといった行為が当てはまる。(ジェイコブソンら(1999))
3.女であることを利用した攻撃
親しい男女の仲において、互いに慰めを求めたり、頼ったりするのは自然な姿である。しかし、もめ事の際、同情を引こうとしたり、「女への同情心・優しさがないのは道徳的に間違っている」という観念に訴え、相手の抗議・異議申し立てを制止しようとするのはいかにも卑怯であり、弱者として保護されやすいという「女の特権」をフルに利用した力の行使であるといえる。
(いままでに体験した、異性とのトラブルの最中に相手のとった行動・態度のなかでとくに不快だったことは、の問いに)
「男女平等と言いながら、自分に原因のあるトラブルの解決手段として、泣くという行為をとった」(アンカップリング研究会編(1996))
ほかにも、「キャー」と金切り声を出すことも「女であることを利用した攻撃」に含まれる。
3節.加害者更正プログラムの不平等
これまで見てきたように、夫婦ゲンカは男女双方の攻撃の応酬である。
それなのに、加害者更正プログラムでは、暴力に至る過程は一切考慮せず、いかなる状況であろうと男が暴力を振るった場合だけを問題視し、男の行動を変えさせることしかしない。
先に紹介した「非暴力グループワーク」参加者の言葉である。
「タイム・アウト(このセミナーで推奨している、どうしても我慢できなくなったら、暴力を振るう前に一度その場から離れるという行為)をとるようになったら、相手も変わってきた。『言いすぎたね…』ということを言ってくれるようになった。女性向けのセミナーもあればと思った」
この参加者は、暴力が悪いことだと認め、反省し、自分を変えようとしているものの、女からの言葉の暴力だけは野放しであることに不満を持っているのだろう。
ペンスら(2004)では、アメリカ・ミネソタ州ドゥルース市のドゥルース家庭内暴力介入プロジェクト(DAIP)で作成された、DV加害者男性更正のための男性プログラム、通称「ドゥルース・モデル」を紹介している。
「女性の恐怖を知る」というテーマで、以下の内容のビデオやロールプレイを見る。
「いつ税金還付の小切手が届くかで議論になった。(中略)ブレイクは怒って、もうお金を使ってしまったんだろうとケイをなじる。ブレイクは、仕事に行くために車が必要なので、小切手が届いたらそっくり修理代に当てるつもりだったんだ、と文句を言う。ケイは文句を言われたことに怒り、彼に向かって『車が壊れたのは、あんたとあんたの友達が無茶な乗り方をしたからじゃないの』と言う。ブレイクは頭にきて、(中略)ケイに数センチのところまで詰め寄ると、ケイははっきり脅えたようすを見せる」
見終わった後、グループディスカッションに入る。
ここでのファシリテーター(司会者・進行役)の目的は、暴力がパートナーを支配するために使われたことを明らかにし、加害者の男に、自分こそ被害者であるという考えを変えさせることにある。
ファシリテーター(以下F)「保護観察になってから、あなたにとって変わったことは何ですか」
ビル(以下B)「彼女は何でも言いたいことを言えるようになったようだ。だって、もし俺が頭にきたら刑務所行きなんだから。つまり、サンディ(パートナー)が俺に言うには『もしあたしにさわったら、警察を呼ぶわ。そしたら刑務所行きよ』だと。彼女はそれを脅迫材料にしてるんだ。」
F「どうしてそれが脅迫になるんですか。彼女が言ってることは、もしあなたが彼女に暴力を振るったら警察が呼ばれてあなたは刑務所に送られる、ということでしょう。それは脅迫のようには聞こえませんよ。そうではなく、また殴られないよう自分を守るために彼女ができることをしているように思えますが」
F「(黒板にビルの発言を書く)『俺はもう彼女を殴れない−だから、彼女は言いたいことを言える』。殴ってサンディを黙らせることができないとしたら、いったい何が起こるでしょう?」
B「たぶん、サンディはわめきちらすだろうな」
F「つまり、彼女は言葉の暴力を振るうと?」
B「ああ、そうだ」
F「で、あなたは今、彼女を殴れないわけですよね。では、どうしますか」
B「わからない。彼女を黙らせる何か別の方法を見つけるかな。それとも、ただ家を出て行くか」
F「ビデオではどうだったでしょう。ブレイクはどうやってケイを黙らせましたか(上記のとおり、詰め寄って黙らせた)」
(中略)
F「彼にはああいうことをする権利があったんでしょうか。たとえば、私には私の意見を言う権利があるし、私の目から見た話を語る権利がある。それが公平っていうことでしょう」
誰にでも言いたいことを言う権利はある。が、当然だが「無限に、無責任に」ではない。
自分の発言には責任を取らなければならないし、相手を傷つける言葉による暴力は、拳による暴力と同じく認められない。この場面でのケイがブレイクを責める言葉(「車が壊れたのは、あんたとあんたの友達が無茶な乗り方をしたからじゃないの」)は、意見ではなくただの中傷である。自分の発した言葉によってブレイクを傷つけたのだから、その責任はケイが負わなければならない。
カリキュラムはここから「女性の怒りを受け止める練習」へと進んでいく。被支配者である女性の怒りは大きなものであるが、女性は従属的でなければならないとされてきたため、女性の怒りは不当に軽視されてきたというのだが、2つの重要な点を忘れている。
その1:女の怒りは常に正当であるわけではないこと
先のビデオの件で言えば、還付金を無断で使ってしまったことがバレた時点で、「ごめんなさい。どうしても必要なものがあったの。これからは勝手に使ったりしないから。そんなに怒らないで」と言えばもめ事は起こらなかった。怒鳴った事について、もっとソフトな言い方にするよう要求するのはいいが、基本的にこの件はケイに非がある。それなのに、ケイは自分の非は棚に上げ、謝罪するどころか、まるで何でもいいから言い返さないと気が済まないかのごとくブレイクの車の運転について非難し始めた。しかもこれは論点ずらしである。家族でお金をどう使うかが議題なのに、ブレイクの運転の話を持ち出している。論点ずらしは、男が、女とは話し合いができないんじゃないかと絶望する瞬間の1つだ。
その2:女の怒りの表現の仕方に問題がある場合があること
その1にあるとおり、ケイはブレイクに言われたことが悔しいから何か言い返さないと気が済まなくなり、一見正しいかに見える指摘(ブレイクの車の運転の非難)で応酬した。その指摘自体は正しかったかもしれない。が、今の議題は自分に分が悪いからと、議題とは外れた非難を攻撃の手段に使うのが間違っている。
ケイの怒りの原因はブレイクの乱暴な言い方にあるのだから、それを伝えればよかったのだ。
このカリキュラムは「男女関係において身体的な暴力を行使する目的は、相手の思考や感情や行動を支配するためである」というアイディアが前提になっている。4章で扱うフェミニスト的説明がベースになっているわけだが、このスタンスは、「女性の怒りを受け止める練習」の部分からもわかるように、男の攻撃は支配の手段だから全て悪で、女の攻撃は抑圧された被支配者のレジスタンスだから正当だ、少なくとも取締りの対象にはならない、という男女不平等を生み出す。
グループディスカッションでビルが、男は手を出すと逮捕される、しかし女はいくら言葉で傷つけてもおとがめなし、という状況を「脅迫されている」と表現するのももっともである。
1977年設立、ボストンの加害者更正プログラムである「エマージ」も、梶山(1999)で紹介されている部分だけ見ても、ずいぶんと女の側に傾いた、不平等なプログラムである。
まず第1段階で、「暴力とは何か」といった基本的な認識を植え付ける。ここで「言葉の暴力や経済的な制裁も虐待だ」と教える。筆者ならここで「じゃあ、妻が自分を大声で非難するのも虐待なんですね?」と確認したくなるが、そのような疑問を抱かなくてすむように、物事を肯定的にとらえる訓練もする。妻に大声で怒鳴られたときも「感情を吐き出せば、彼女も楽になるだろう」「彼女が何に腹を立てているのかを知ることも大切だ」と「前向き」に考えろとのことだ。だったら、殴られた妻も同じように前向きに考えればいいんじゃないの?と思ってしまう。
男からのあらゆる攻撃は厳禁で、女から受ける攻撃は前向きに考えろという、典型的なダブルスタンダードがまかり通っているのだ。
受講者の四分の一が「こんな所に来るぐらいなら、刑務所のほうがマシだ」とプログラムを途中でやめてしまうのも無理はない。
ジェイコブソンら(1999)にもあるように、よく見られる夫婦ゲンカのパターンは、女が要求し、男は現状維持に回って要求を拒否する、というものであるが、女の要求を拒否した後に来る攻撃に反撃すると、加害者更正プログラムでは「威圧的だ」「力をもって女をコントロールしよう(変えよう)としている」となり、行動や意識の変革を迫られる。(ペンスら(2004))その前の、要求がかなえられなかった時の女による攻撃が、なぜか取るにたらないものとされているのだ。女のやっていることも、「力をもって男をコントロールしよう(変えよう)としている」ことで同じなのに。
[1] 堀ちえみさんは、自宅で夕食を食べていた夫がカズノコを床にこぼしたのを注意したところ、腹を立てた夫から大声で怒鳴られ、顔を平手で叩かれたうえ、出窓の花瓶を投げつけられるなどした。夫が「モーターボートを購入したい」と言うのに反対したところ、口論となり、髪の毛をつかんで引っ張られたり、大声で怒鳴られたりしたため、友人宅に逃げたという。家庭裁判所は、夫の暴力が4年9ヶ月にわたって続いた事実を認定し、離婚と息子3人の親権を堀さんに認め、夫に慰謝料1200万円と月額30万円の養育費の支払いを命じた。中村(2001)で引用された朝日新聞1998年11月27日朝刊の記事より
[2]実際、口論の際大げさな表現を用いていたと思われる。98年7月の大阪地方裁判所での口頭弁論でのこと。「私は彼女が現実にないことを言ったから、黙らせるために叩いた」(梶山(1999))
夫婦ゲンカにおける妻から夫への攻撃、そして夫に不満がある妻の感情の表し方には、DVに当たるのになぜか問題視されていない物も数多くある。
本章では、そのような妻から夫へのDVの実態を紹介することで、現在のDV論議・DV認定のおかしさを指摘する。
なお本章も、2章同様ドキュメンタリー形式の資料を用いて論じる。
1節.DVの定義
1.広義・狭義のDV
2000年2月・2006年4月「男女間における暴力に関する調査」、2003年4月「配偶者等からの暴力に関する調査」(いずれも内閣府男女共同参画室、2000年2月時点は総理府男女共同参画室)の各調査で使用された質問より、広義のDVとされる行為は、以下のようなものである。
・平手で打つ
・足で蹴る
・身体を傷つける可能性のある物でなぐる
・なぐるふりをして、おどす
・刃物などを突きつけて、おどす
・相手がいやがっているのに性的な行為を強要する
・見たくないのに、ポルノビデオやポルノ雑誌を見せる
・何を言っても長期間無視し続ける
・交友関係や電話を細かく監視する
・「誰のおかげで生活できるんだ」とか「甲斐性なし」と言う
・大声でどなる
・骨折させる
・打ち身や切傷などのケガをさせる
・突き飛ばしたり、壁にたたきつけたりする
・物を投げつける
・ドアをけったり、壁に物を投げつけたりして、おどす
この基準(広義のDV)では、殴る、蹴るといった身体的暴力のみならず、言葉などによる精神的暴力、物を壊すなどの威嚇行為もDVと見なされる。
もう1つ、狭義のDVとして、DV法の適用対象になる暴力をその範囲とする定義がある。
「配偶者からの、身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの」であり、刑法上暴行罪または傷害罪にあたるような行為が当てはまる。なお、身体的なダメージのみならず、精神的被害についても、たとえば言葉の暴力によってPTSDやノイローゼとなった場合には、DVを受けたとされる。(福島(2001))
身体的暴力が中心となり、その中でも、ビンタや小突く、ひっかくといった程度の行為はDVにカウントされない。
前者は道徳的基準、後者は法適用基準といえる。
2.帰宅拒否症候群
帰宅拒否症候群がDVと関連づけられて論じられることはこれまでほとんどなかった。
しかし、症状や、うつ病患者の加害者に傷害罪を適用した判例(後述)を考えると、帰宅拒否症候群を引き起こした妻の言動はDV法適用の対象になると見てよさそうだ。
帰宅拒否症候群は、家に帰ることを拒否するというストレス症候群のひとつで、過度のストレスからうつ病になるケースが一般的である。
初期の帰宅拒否症患者は仕事が終わっても家に帰らずに居酒屋や喫茶店で時間をつぶし、家族が寝静まったのを見計らって帰宅するという行動をとるが、症状が重くなると、しばしば外泊するようになり、やがて家に帰らなく(帰れなく)なる。
患者の多くは、家族から昇進や昇給をまず期待され、それがうまく実現できないと冷たい態度で責められ、ダメオヤジのレッテルを貼られるような環境にいる。
帰宅拒否症候群の治療には、親身になってくれる家族の存在が何より必要だが、現実には、夫の症状を認めたがらない妻が多いという。
夫の症状より、病気による出世の遅れや子供の将来、親戚や近所とのつきあいなど世間体を気にしてしまうのだ。
夫の病気の一因が家庭での自分自身にあるという現実を、妻たちは見ようとしない。
帰宅拒否症候群の原因となる妻の言動には、以下のようなものが挙げられる。
・会話がないか、あるいは夫の発言を妻が無視している
・小遣いを制限したり、使い道に対してチェックをする
・妻が健康管理にうるさい
・家庭内での夫の居場所を限定する
・妻が休日の過ごし方を決める
・夫の交友関係に口を出す
・妻が出世や収入にうるさい
・役職や収入面で、夫を同期の知人などと比較する
・子供の性格や成績の問題を夫のせいにする
・夫側の親戚に対する不満をいう
・子供に夫の悪口をいう
・給料の使い道は妻が実権を握っている
このような妻の態度が変わらなければ症状は再発するので、治療には妻もカウンセリングを受ける必要がある。(ここまで関谷(1999))
もちろん、妻だけが帰宅拒否症候群の原因ではない。仕事がうまくいかないとか、本人の生真面目な性格も影響する。だからどんなに上記のような危害を妻に加えられても、仕事がうまくいっていたり、他人に何を言われてもさほど気にしない、いい意味でアバウトな性格であれば、帰宅拒否症候群にはならないかもしれない。
しかし、いくら仕事でつまづき、繊細な性格の持ち主であったとしても、妻の攻撃がなければ帰宅拒否にはならないことを考えると、妻の行動が帰宅拒否症候群の「必要条件」であることは間違いない。
妻の責任を否定することはできない。
先に引用した福島(2001)にあるように、法律によるDV(ドメスティック・バイオレンス)の定義は「配偶者からの、身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの」であり、身体的なダメージのみならず、精神的被害についても、たとえば言葉の暴力によってPTSDやノイローゼとなった場合には、DVを受けたとされる。
帰宅拒否症候群になった患者は、うつ病と診断されることが多い(関谷(1999))。
そして、うつ病を患った場合、その原因となる行為を行った加害者が傷害罪に問われた判例がある[1]ことを合わせて考えると、帰宅拒否症候群の原因となった妻の行為は前項で定義した狭義のDVに当たるはずである。
帰宅拒否症候群の原因である、「給料が安い」などの妻の言葉、財布の紐を妻が握っていて、小遣いがきつく制限されていることなどは、そもそも前項で言及した政府調査での調査対象になっていない。女=被害者、男=加害者という問題意識しかないから、調査自体が「男女双方からの攻撃、暴力の応酬である夫婦ゲンカのうち、男から女による攻撃」という、現実の一部分だけしか見ないものとなってしまうのだ。
東京都の「女性に対する暴力に関する調査」(1997年)や京都市の「女性への暴力に関する市民意識調査」(2000年)なども同様である。
2節.妻から夫へのDVの実態
ここでは、1節での定義に該当するDVについて、その実例を挙げる。
1.暴言
以下、言葉によるDVの実例である。
給料が妻のほうが上で「あからさまに薄給をののしられる」(中国新聞文化部編(1997))
「社長にもなれない無能者」
「家も建てられない銭なし野郎」
「(両親が養父母であったことから)野良犬」
「なんでこんな男と結婚したのか悔しい」
「仕事仕事と言って人の倍働いて、持ってくる月給は人並みで、たまったものじゃない」
「好きでもなかったあなたとなんで結婚したのか悔しい」
「絶対に別れてやらないよ。とことんあなたを苦しめてやる。覚悟しておけ」
(アンカップリング研究会編(1996))
2.交友関係や電話を細かく監視する
政府調査の調査表を作った者もアンケートに答えている女たちもおそらく全く気付いていないだろうが、浮気を疑って夫の手帳や携帯の通話記録や電話帳、返信メールを見ることも「交友関係や電話を細かく監視する」に含まれるはずである。
配偶者の浮気を恐れ、行動を監視しようとするのは、なにも男だけではない。
吉廣(2001)に、浮気を疑い、夫の机の上のシステム手帳をめくる、机の引き出しを開けて携帯電話やクレジットカードの請求書を調べる女の話が紹介されているが、これはほんの一例である。
3.暴力
もちろん、分かりやすい、文字通りの暴力を男が振るわれることもある。
浮気がばれ、結局その浮気相手とは別れたが、別れた、と妻に告げると平手打ちされた。これを皮切りに、ことあるごとに妻は酒を飲んでは暴れて殴ったり蹴ったりするようになった。包丁を突きつけられることもある。酒が入っていない時は暴力を反省するという。病院に行ったり、カウンセリングを受けたりしても、良くならないという。(亀山(2003))
「あなたって本当に鈍いわね」「頭悪いんじゃないの?」とバカにする。人前で頭をたたく。
反撃すると、料理で使う麺棒で殴った。
娘にも悪口を吹き込み、娘まで「パパはバカだから」と言うようになる。(亀山(2003))
後輩と飲みに出て夜遅くなったところ、待ち構えていた妻と口論になり、顔をぶたれた(中略)カッとなると、物を投げつける。(中略)手にしていたグラスをガラス戸に向かって投げつけ、周りはガラスの破片の海になった。(中略)妻の職場の人に夫婦関係の相談をしたことがあって、それが、また妻に知れた。妻はビールを飲みながら、怒りを込めた口調で「刺すよ」とすごんだ。(中国新聞文化部編(1998))
4.セックスの強要
これも男だけではない。セックスそのものを強要するというより、夫が欲情し自分を求めてくることを強要する。
「三十代半ばころからかなり焦りを感じていたらしい。エロティックな下着をつけて深夜に帰った彼(筆者註:夫)を迎えに出たり、妙な滋養強壮剤を朝テーブルの上に置いておいたりするようになった。」(亀山(2003))
当然夫は「恐いよ、本当に。脅迫されているような感じ」となる。
なのに「自分から直接、欲望を口にするようなことはなかったんだ」
「外ではできるんだけど、妻とだけはできない。ある時、夜中にエロビデオ見ながらオナニーしてたら、妻が、悲鳴をあげてビデオを消して、俺を平手打ちした。それから実家にしばらく戻ってしまった」(亀山(2003))
抱いて欲しい、愛されたい、というだけで、セクシーになるように努力したり、逆に夫を愛してあげる様子がかけらも見られない。
何をどう努力しても、男は性的魅力のない女では勃たないし、抱けないのだ。どうしても「抱かれたい」のなら、男が「抱きたい」と思うような女になるしかない。
自分を求めてこないのを夫の不能のせいにしても、問題の解決にはならない。夫ではなく、自身の問題なのだから。
5.妻が休日の過ごし方を決める
「上の子は8歳、下の子は3歳、専業主婦の妻は下の子を実家に預け、週に2回はテニスに通っている。夫は、せめて月に1回はキャンプに行きたいと思っているが、何週間か前からカレンダーに丸印をつける等根回しをしてやっと『行ってもいいよ』。しかし山から帰ってくるとムクれているという。ある日当日の朝に行くといった日は、夫が大切にしている、結婚の祝いに友人がくれた茶碗を叩き割った」
「家族ドライブに、庭の手入れに、買い物に…夫の思いや疲れ具合とは別のところで、予定は決まる」
(中国新聞文化部編(1997))
6.財布の紐を握る
日本の場合、妻が家計の実権を握っている事が多い。自分が働いて稼いだ給料なのに、妻に許可をえて小遣いをもらうというのはなんとも理不尽である。
小遣いを減らされた夫が100円のハンバーガーやおにぎりで空腹を満たしている時、妻は数千円の豪華ランチを楽しんでいたりする。さらにひどいことに、夫の金使いにはうるさいくせに、妻のほうは夫に無断で高額の買い物をしたりする。
このような日本社会の現実を前にすると、「経済力で妻を支配」など、異なる惑星の話にしか聞こえない。
ここに挙げた妻の行為は、いずれも広義のDVに当たり、もしこれらの行為によってケガをしたり、帰宅拒否症候群になれば、狭義のDVに当たる。
まさに「バタード・メン」である。
通常、このような行為を女が行うことについて「やめましょう」と唱えられることもなければ、女が非難されることもない。
[1]名古屋地裁平成4年第304号、平成4年第444号、平成6年1月18日刑事第三部判決、判例タイムズNo.858
第24回男女共同参画会議 女性に対する暴力に関する専門調査会
資料4 PTSD以外の精神障害に陥らせた行為が傷害罪にあたるとされた事例について(法務省)
ここまでは、もめ事があった時の、双方でやりあった末の暴力について扱ってきた。
しかしDVには、家事の出来や自分以外の異性との接触等、気に入らないことがあったら妻や恋人を殴るようなケースも存在する。そうでなくても、いくらケンカとはいえ、妻が命の危険を感じるほどの暴力を振るえるということは、加害者のどこかに、妻や恋人は自分の所有物で、男である自分の言う事を聞くべきだという男性優位の意識があるからではないか、という意見がある。
本節では、まずDV加害者となる背景や原因としてこれまでの研究で挙げられているものを紹介し、そのうち、「男性優位の意識がDVの原因である」というフェミニスト的説明について、そのような意識を男が持つ理由・背景について論じる。さまざまな文献やDV法前文、加害者更正プログラムを見ても、現在のDVの定義やその背景についての理解が、この「フェミニスト的説明」の影響を強く受けていることは明らかだからである。+
1節.被害者・加害者となる背景や原因
中村(2001)で引用されたドナルド・ダットンは、DV加害者がなぜ暴力を振るうのかについての説明を以下の3つに整理している。
@医学的説明
妻に暴力を振るう者は、脳の構造に欠陥があるために暴力行為に及んでしまう、という説明。このアプローチによると、妻に暴力を振るう男の心は、強迫観念・発作・緊張・嫉妬・怒りであふれているという。
しかし、傷ついた神経組織をもつ人が、なぜ妻だけを、しかもプライベートな場所でのみ攻撃するのかについて、このアプローチではうまく説明できない。
Aフェミニスト的説明
男が「男は女を支配する権利を有しており、殴ることはその支配権を確立するための正当な手段である。そして、殴るというのは『男らしい』行為である」という考えを持っているのが暴力の原因である、という説明。
しかしこのアプローチでは、上記の「男は女を支配する権利を有し、殴るというのは男らしい行為だ」という男女観を肯定するような文化圏で育った男のなかにも、暴力を振るわない男がいるという事実や、そのような男女観を持っていない男にも妻に暴力を振るう者がいる事実について説明できない。
B社会的学習論
暴力のような習慣的な行動は、他者の観察を通して習得されるものであることとし、妻を殴る男は、自分が育った家庭で体験した暴力を真似る、あるいはモデルにしているとする。たとえば、父親が母親を殴るのを見て育った男は、そうでない男に比べて妻を殴りがちである、という説である。もちろん、父親の母親への暴力を見て育ったからといって、妻に暴力を振るわない者もいる。
2節.親密で個人的な関係の男女間におけるギブ・アンド・テイクについて−構造的な不平等
ここでは、親密で個人的な男女関係における役割分担、ギブ・アンド・テイクの実態について、GenTrade(2005)をもとに見ていく。
1.男女平等とは
男女関係において、現状では男には男の、女には女のそれぞれの期待される性役割がある。(GenTrade(2005))
本論では、GenTrade(2005)に倣って、ギブ・アンド・テイクが成り立っている状態を平等とする。よって片方の性が与えているにもかからわず、その報酬・見返りがない状態は不平等であるとする。たとえ一方の性が他の性よりも劣る、弱い性であったとしても、もう一方の性が無償で援助する必要はなく、そのような役割分担は援助する側に負担だけをかけ報酬を与えない不当な役割分担であり、不平等であるとする。
2.男女の役割分担について
GenTrade(2005)では、ステレオタイプな男女の役割分担・らしさについてまとめ、それが1の条件にしたがうと男女平等であることを示した。
まず、「@能力・特徴の差からくる役割分担」として、4つのカテゴリーに分けた。@を受け、その置かれた状態・期待される役割により男女はそれぞれ異性に何を与え、何を受け取ることになるのかを「A役割分担からくるギブ・アンド・テイク」に記した。
@能力・特徴の差からくる役割分担
表1 a.体力・体格において男が優れている。
|
男 |
|
|
メリット |
デメリット |
|
社会的地位が高い |
生物学的地位が低い 粗末に扱われる |
|
女 |
|
|
メリット |
デメリット |
|
生物学的地位が高い 丁重に扱われる |
社会的地位が低い |
「社会的地位が高い」とは、「社会において、より権限が大きい高い役職、より高い賃金を与えられるポジションに就く機会がより多く与えられている」ことである。投票権などの政治的参加の権利は、天賦の権利として男女のメリット・デメリットの対象としない。逆に「社会的地位が低い」は、「上記のような大きい権限、高い賃金が得られるポジションに就く機会を制限され、主に家事労働に従事することを求められる」こととする。
「生物学的地位が高い」とは、「生命の危険がある時には優先的に守られる。丁重に扱われる。危険をともなう場所・役割を回避できる」ことである。「生物学的地位が低い」の意味は「生命の危険がある時の保護は後回しになる。粗末に扱われる。危険をともなう場所・役割を率先して引き受けねばならない」である。たとえば兵役がそうだ。
「地位」について男女を比較すると、役職や権力といった「社会的な地位」については男のほうが上といえるが、「生存の地位」については女のほうが上だといえる。
なお、次項「A役割分担からくるギブ・アンド・テイク」より、「a.体力・体格において男が優れている」についてのギブ・アンド・テイクは経済的地位の違いからくる金銭と家事労働の交換のみを扱い、生物学的地位の違いからくるギブ・アンド・テイクについては「c.男は勇敢、女は臆病」で扱うことにする。
表2 b.男は攻撃的、女は愛情豊か・慈悲深い・やさしい
|
男 |
|
|
メリット |
デメリット |
|
言葉づかいや礼儀作法についてうるさく言われない |
|
|
女 |
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|
メリット |
デメリット |
|
|
言葉づかいや礼儀作法についてうるさく言われる |
言葉遣いや振舞いが丁寧で乱暴でないのは男女の区別なく望ましい特性であるといえるが、それがより強く求められるのは女である。このような女らしさを要求されるのは女ならではのコストであり、このようならしさを気にせず振舞うことができるのは男の特権である。
表3 c.男は勇敢、女は臆病
|
男 |
|
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メリット |
デメリット |
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|
生物学的地位の低さ 粗末に扱われる 弱音を吐いてはならない |
|
女 |
|
|
メリット |
デメリット |
|
生物学的地位の高さ 丁重に扱われる 勇敢さ・精神的強さを強制されない |
|
bとは逆に、男のデメリット、女のメリットが発生する。男は勇敢でなければならず(弱音を吐いてはならない)、危険を省みず共同体のために働くことが「男らしい」とされる。これは男ならではのデメリットであり、このような役割を免除されているのは女の特権だといえる。
表4 d.男は活動的・能動的・支配的、女は受身
|
男 |
|
|
メリット |
デメリット |
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決定権・影響力がある(個人的関係においても地位が高い) |
共同体や関係のセッティング・管理の役割を担う 責任がある |
|
女 |
|
|
メリット |
デメリット |
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共同体や関係のセッティング・管理の役割を担わなくていい 責任がない |
決定権・影響力がない(個人的関係においても地位が低い) |
ここでいう責任とは、たとえば決定権・影響力の行使により、悪い結果が起こったら責められる、非難されることを指す。
地位が高いということは、影響力を行使できる、いばっていられる(大きな顔ができる)、他人にちやほやさせる(される)などのメリットがある。ただし、責任がともなうので、決定権はあるものの、権力の行使には制限がある。決定は自分だけでなく共同体(個人的関係では、自分と相手)の利益を考えねばならないからだ。逆に、責任を背負わされない、無責任でいられるのは女のメリットであるといえる。
A役割分担からくるギブ・アンド・テイク
次に、@をもとにA役割分担からくるギブ・アンド・テイクについて整理する。
表5 a. 体力・体格において男が優れている。
|
男 |
|
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テイク |
ギブ |
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身の回りの世話 |
経済的保護 (身体的保護については「c.男は勇敢、女は臆病」で扱う) |
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女 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
経済的保護 (身体的保護については「c.男は勇敢、女は臆病」で扱う) |
身の回りの世話 |
家事労働は無償ではない。主婦は、その決して楽ではない家事労働の報酬を、家族から直接現金で得ているわけではない。しかし、生きていくのには金がかかる。主婦の暮らす部屋の家賃、水道、ガス、電気代、電話代、食費等諸々の生活費は、誰のふところから出ているのだろう。もちろん夫からである。別に主婦がただ飯を食ってるわけではない。夫が稼いだ金で妻の生活費も共に負担するのは、家事労働に対する報酬である。また、夫婦が住む住居が持ち家(マンション)だった場合、実際には夫の給与からローンが引き落とされるのに、家は夫婦共同名義になるケースが多い。つまり主婦は、間接的に家事労働の報酬を得ていることになる。結局、賃金労働と家事労働という、役割分担なのだ。
身体的保護のギブ・アンド・テイクについては「c.男は勇敢、女は臆病」で考察する。
表6 b. 男は攻撃的、女は愛情豊か・慈悲深い・やさしい
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男 |
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テイク |
ギブ |
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癒される |
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女 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
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癒す |
女のギブ、男のテイクのみが発生する。
表7 c. 男は勇敢、女は臆病
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男 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
|
身体的保護 丁重に扱う 頼られる |
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女 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
身体的保護 丁重に扱われる 頼る |
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b.とは逆に、男のギブ、女のテイクのみが発生する。
表8 d. 男は活動的・能動的・支配的、女は受身
|
男 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
決定権・影響力(を譲りうける) |
共同体や関係のセッティング・管理コスト(を引き受ける) 責任(を引き受ける) |
|
女 |
|
|
テイク |
ギブ |
|
共同体や関係のセッティング・管理コスト(を免除される) 責任(を免除される) |
決定権・影響力(を譲る) |
Bまとめ
ここまでのまとめとして、以下のようなことがいえる。
・「男役割」は、男にとってはコストだが、女にとってはベネフィットである
・「女役割」は、女にとってはコストだが、男にとってはベネフィットである
・性役割により、男女は互いに相手の「らしさ」を受け取り、自分の「らしさ」を与えている。
ステレオタイプの男らしさ・女らしさによる性役割は、男女双方がそのすべてを、もしくは同量ずつ部分的に遂行する限りにおいてギブ・アンド・テイクが成り立っており、1で述べた条件にしたがうと、平等であるといえる。
3.恋愛での性役割
さらにGenTrade(2005)では、前出のステレオタイプな役割分担を恋愛に当てはめ、男女それぞれどのような役割が想定されるのかについて整理したうえで、実際の男女の役割分担を示すデータを用いて、恋愛において男女が平等であるかどうか検証する。
ステレオタイプな「らしさ」により想定される恋愛での性役割
表9 a. 体力・体格において男が優れている。
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男 |
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テイク |
ギブ |
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身の回りの世話 |
経済的保護 |
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女 |
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テイク |
ギブ |
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経済的保護 |
身の回りの世話 |
経済的保護とは単発的・一過性のものではなく、ある程度の期間持続的に行う役割を指すはずである。具体的には生活費を出してあげることだ。女についても、1度や2度何か作ってあげるのではなく、役割として食事を用意し続けてはじめて身の回りの世話をしてあげている、といえる。したがって、aの役割分担は、主に結婚後の共同生活におけるものであると考えられる。本節では、恋愛期間中のギブ・アンド・テイクについての検討を行うのが目的であるため、aについては検討の対象外とする。
表10 b. 男は攻撃的、女は愛情豊か・慈悲深い・やさしい
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男 |
|
|
テイク |
ギブ |
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癒される |
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女 |
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テイク |
ギブ |
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癒す |
恋愛の場面では、女が男を慰める、男の愚痴を否定・非難せずに聞いてやる、といった役割が考えられる。男はそのような女の癒しに甘えられるのである。また、女に言葉遣いの丁寧さ(男と比較して)が求められるのも性役割である。
表11 c. 男は勇敢、女は臆病
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男 |
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テイク |
ギブ |
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身体的保護 丁重に扱う 頼られる |
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女 |
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テイク |
ギブ |
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身体的保護 丁重に扱われる 頼る |
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身体的保護としては、男が重い荷物を持ってあげる、レディファースト等が挙げられる。
項目bおよびcについては、客観的なデータを用いての検証は困難である。実際の関係においても、bの癒しやなぐさめが女だけのギブ、男だけのテイクとは考えづらい。またcについても、「頼れる」というサービスを女に与えない男(頼りない男)も存在することは確かであろう。
項目bとcについては、合わせて男女間のギブ・アンド・テイクで相殺できる項目であることから、男女ともにbとcを遂行して異性に与えている(異性はサービスを受け取っている)、または男女ともに役割から解放されている(男女ともに異性からのサービスを受け取らない)のでギブ・アンド・テイクが成り立っていると仮定する。
表12 d. 男は活動的・能動的・支配的、女は受身
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男 |
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テイク |
ギブ |
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決定権・影響力(を譲りうける) |
共同体や関係のセッティング・管理コスト(を引き受ける) 責任(を引き受ける) |
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女 |
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テイク |
ギブ |
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共同体や関係のセッティング・管理コスト(を免除される) 責任(を免除される) |
決定権・影響力(を譲る) |
管理コストとは、恋愛関係を管理・維持する上での役割であり、恋愛ではデートプランニング、レストランの予約、ドライブデートであれば車両の用意や運転等、それに加え金銭的負担がこれにあたる。
決定権・影響力とは、2人でどのように過ごすかについて、主に自分の意向・都合を反映させることができるかどうかである。
これらは実際にギブ・アンド・テイクが行われているかどうかについて検討する必要があり、また、データ収集も可能である。よって、項目dからは管理コストとしての「関係維持コスト」および「決定権」を4で検討する役割として挙げる。
「開始・進展のトリガーの役割」と「上下関係」
さらに、これまで挙げた役割に加え、恋愛では、「開始・進展のトリガーの役割」がある。具体的には、交際を申し込んだり(関係開始のトリガー)、セックスへの誘い、プロポーズという形での結婚への誘いという関係進展のトリガーである。なお、このトリガー役とはあくまで関係の開始・進展の際のものであり、既にステディーな関係にある相手に好意を表明したりデートやセックスなど既に2人の間で一度は行ったことを求める行為は含まれない。トリガー役のタスクにより、既に互いに必要とし合っているのは確認済みであり、自分から先に相手を求めても期待が裏切られる可能性は低く、たとえ断られてもそれは一時的な何らかの都合であり、次回は応じてもらえることが分かっているからだ。
関係開始・進展のトリガー役を引き受けることのメリット・デメリットについて整理する。
デメリットとして、まずは断られるリスクが挙げられる。どんな人にとっても、誰かに関係を望み断られるのは辛いことである。「おそらく両想いだが自分から付き合って欲しいと言うのは嫌」というケースは「断られるリスク」を少なく見積もっているといえる。
もう1つのデメリットは、お願いする側になることで、相手が精神的に優位に立ち、相対的に立場が弱くなることである。前出の「おそらく両想いだが自分から付き合って欲しいと言うのは嫌」という態度は、このデメリットを回避するためといえる。
まず単純に、お願いするよりされるほうが気分がいい。それにトリガー役の相手は、お願いされる立場になることで「拒否権」を手に入れる。「恋の駆け引きという昔からのゲームの中でなら、男たちに逆ねじを食わせることも可能なのだ。そこでは女性が、いつもとは違って、一時的なものながら男を支配する力を手にすることになる」(ハイト(1992))
お願いする側は、利害が対立する項目については、お願いされる側に対し強く出ることができない。そんな事をしたら「拒否権」を発動されるからだ。ここに強弱関係、上下関係が発生する。
次にメリットだが、デメリットに見合った、トリガー役ならではのメリットは存在しない。「気に入った相手と関係を深められる」というのは、トリガー役「だけ」が手にできるメリットではない。相手のほうは、デメリットなしで望む相手と交際という果実を手にできるからである。つまり、関係開始・進展のトリガー役とは、負担ばかりで特権のない役割であり、できることなら引き受けないのが合理的である。平等という観点から考えると、トリガー役は男女双方で負担する以外に平等を実現するのは不可能である。
トリガー役を男女どちらが引き受けているかを調べることで、恋愛が平等に行われているかを検証することができる。トリガー役の有無とともに、それを引き受ける性と相手の性との間に存在すると考えられる上下関係の有無について検証する。
以上をふまえ、GenTrade(2005)では以下の役割について検証した。
・関係維持コスト
・決定権
・関係開始・進展のトリガー役
・上下関係
4.恋愛は男女平等か
データの出所についてはGenTrade(2005)参照。
@出会い
アプローチ・告白において、“つきあおうと先に言ったのは”「自分から」と答えたのが
男82.5%、女19.0%であり、トリガー役は男の負担であることがわかる。
最初のデートでは、男女ともに、「男が多く出すべき(奢り含む)」(男77.7%、女69.0%)と「ワリカン」(男14.4%、女23.0%)の差は明らかである。
誘ったほうの弱みというべきか、上下関係がみられる。
A交際中
遅れた相手を待つ時間やケンカした後にどちらが謝るか、については有意な差はみられない。が、恋人との普段の連絡では「男性から」が66.5%と「女性から」の39.0%を大きく上回り、男女差は明らかである。関係維持のためのマネジメントは、全てではないが男の両肩にかかっている。
普段お付き合いしている異性との飲食の支払いについて(交際している異性がいない場合は、いると仮定して)、「男が多く出すべき(奢り含む)」(男56.6%、女52.6%)とワリカン(男25.5%、女24.4%)の差は明らかである。
これも関係維持のためのコストである。男の活躍が期待されている。
その他、交際中のデートの計画については、信頼に足るデータはない。男性向け恋愛マニュアルでは、男性がデートプランを考えることを指南しているが、「私が考えることが多い」という女はいるし、「計画なんて考えない」というカップルも少なくない。
また、「どちらの都合に合わせるか」「どちらの嗜好に合わせるか」についても、信頼に足るデータがないとともに、知見しうるかぎりではカップルによってまちまちである。ただ、男性向け恋愛マニュアル・または雑誌等の特集において、「女の子が喜ぶレストラン・バー、夜景ポイント」などという特集を頻繁に目にすることからしても、とてもではないが2人でどのように過ごすかについて、主に男の意向・都合が反映されている、などとは言い難い。
これより、恋愛における決定権が男にあるとはいえない。
Bセックス
「初めて経験したとき要求したのはどちらか」の問いに、女の場合は自分2%、相手66%と相手のリードに期待できるが、男の場合、自分48%、相手13%と、約半分が、初めてなのにもかかわらず自分から相手を誘っている。
トリガー役は男に任せられている、といえる。
Cプロポーズ
「プロポーズはどちらから」の問いに男64%、女2%と、女からのプロポーズはわずかである。
プロポーズした男に、勇気が必要だったかという問いには、62%が「勇気が必要だった」と回答している。過半数の男がプロポーズの際断られるリスクを感じており、女はこのようなリスクを負うことを事実上免除されている。
プロポーズこそ、男がほぼ片務的にトリガー役を担っている分野である。
D結論
関係維持コストについては、A交際中の「恋人との普段の連絡」「普段のデート(代)」より、その一部は男が独力で負担している。逆に女だけで負担しているものはない。
決定権については、A交際中の「デート計画」より、決定権が男にあるとはいえない。
関係開始・進展のトリガー役については、@出会いの「アプローチ・交際」、Bセックス、Cプロポーズより、そのすべてについて男が担っている。
上下関係については、@出会いの「最初のデート(代)」より、トリガー役からくる女上位、男下位の上下関係が存在する。
表にまとめると以下のようになる。
表13
|
男 |
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|
テイク |
ギブ |
|
|
関係維持コスト 関係開始・進展のトリガー役 恋愛における地位の低さ |
|
女 |
|
|
テイク |
ギブ |
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関係維持コストの免除 関係開始・進展のトリガー役の免除 恋愛における地位の高さ |
|
表より、「関係維持コスト」「決定権」「関係開始・進展のトリガー役」「上下関係」の4つの側面から男女のギブ・アンド・テイクを検証した結果、不均衡がみられることがわかる。よって、恋愛は男女不平等であるといえる。
この不平等は、「そういうカップルもいる」という個別の問題ではなく、構造的な問題である。
そしてこの不平等を生み出しているのは女の欲求である。女の欲求によりギブ・アンド・テイクの不均衡が発生し、不平等を受け入れないとパートナーになることを拒否されるからだ。
さらに、この不平等は強固なものである。なぜなら、これまで見てきたように、恋愛では「関係開始・進展のトリガー役」に端を発する上下関係があり、損失を被っている男は弱い立場にある。弱い立場の人間からの関係改善交渉は難しい。
5.まとめ
恋愛における性役割について、3の恋愛での性役割および4の結論をもとに、個人的で親密な男女間におけるギブ・アンド・テイクをまとめたのが以下である。
表14
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男 |
|
|
テイク |
ギブ |
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身の回りの世話 癒される |
経済的保護 身体的保護 丁重に扱う 頼られる |
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決定権・影響力(を譲りうける) |
関係維持コスト 関係開始・進展のトリガー役 恋愛における地位の低さ |
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女 |
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テイク |
ギブ |
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経済的保護 身体的保護 丁重に扱われる 頼る |
身の回りの世話 癒す |
|
関係維持コストの免除 関係開始・進展のトリガー役の免除 恋愛における地位の高さ |
決定権・影響力(を譲る) |
網掛け部分は、このギブとテイクが成り立っていれば男女双方で均衡していたといえるが、実際には実現していないギブとテイクである。
男女それぞれについて、点線より上はギブ・アンド・テイクが成り立っている項目、点線より下は不均衡の項目である。
もし男が、自分たちは女と等しく価値があり、どちらかが他方の性の犠牲になることなどあってはならないと信じ、かつ合理的な行動をとるのなら、この不平等を解消するため、ギブ・アンド・テイクを成り立たせるべく次のような行動をとることが考えられる。
@ギブの減少
男のギブの供給を減らすことでギブ・アンド・テイクを成り立たせる方法である。
具体的には、デートやプレゼントに使う金額を減らす、結婚しているなら家計に入れる金を減らす(日本では妻が家計を握るケースが多いので難しいが)、以前ほど優しくしない・気遣わない、悩み事を打ち明けられても以前ほど親身になって慰めたり励ましたりしない、などである。いわゆる「釣った魚にはえさをやらない」がこれにあたる。
Aテイク増量の要求
男のテイクのうち、点線より下の部分の獲得を確実にすることでギブ・アンド・テイクを成り立たせる方法である。
具体的には、決定権や影響力の確保である。1節で紹介した「フェミニスト的説明」による「男の支配」がこれにあたる。
Bギブ・アンド・テイク改善要求の時期
恋愛における女上位の力関係が変化する時になると考えられる。
具体的には、交際や結婚生活が始まってからしばらく時間が経った、関係の安定期に改善要求の行動が行われると考えられる。俗に言う「この女が自分のものになったと男が感じた時」だ。
関係の開始・進展を男がお願いする時期は、ギブ・アンド・テイクの衡平な関係を崩して、無理してでも心証を良くする必要があるので、改善要求は難しい。
3節.まとめ−支配的な欲求を持つ理由
前節で示したように、恋愛は不平等であり、男のギブが女のギブを上回り(女のテイクは男のテイクを上回る)、かつ拒否権を持つ女は立場が強い。ほとんどの夫婦は、結婚した段階で、その前の交際期間におけるギブ・アンド・テイク不均衡の問題を抱えている。女はこれを、私を愛しているからだ・私がそれだけの価値のある女だからだ、と礼だけ述べて当然のように受け取るかもしれないが、このような、女を得るために男がするさまざまなサービスは、本来はタダではない。
合理的な男は、ギブ・アンド・テイクを成り立たせるべく貸し借りをゼロにしようとする(現実に不可能でも貸し借りをゼロにしたいという欲求をもつ)わけだが、前節5で示したギブの減少、つまり女へのサービスのサボタージュという方法がとれない場合、男は「テイク増量の要求」として支配権や決定権を求めることになる。
つまり、1節の、「フェミニスト的説明」に記されたような、女を支配したいという欲求を男が抱く可能性があることについては、女の側に原因があるといえる。
暴力が悪いことであるのは間違いないが、「男らしく、男役割をこなせ。ただし威張るな」と女に要求された時、男が感じる怒りには正当性がある。
なお、森田(2001)に見られるような、暴力が、衝動的なものか、相手と場面を選んで行っているのか(つまり、地位が低い・力が弱い女を選んで男が暴力という力の行使を行っているかどうか)の分類は、あまり意味がない。
男の暴力の理由が、支払ったコストにもかかわらずその見返りが得られないことにあるならば、女が、それも恋人・妻といった個人的で親密な関係にある者が力の対象になるのは当然だし、それは女が弱いからそれにつけ込んでいるのではなく、あくまで不均衡の是正・先に男役割という「貸し」を作った後の債権回収を行っているにすぎないからだ。
それに、いずれの理由であろうとも、暴力が、なんとかして起こさないようにしたい悲劇であることに変わりはない。
では、男らしさというコストを支払ってパートナーの女にギブをして、なおかつ地位や権力といったものを求めない男の心理をどう説明するのか、という疑問もあろう。
その答えはこうである。
そういう男たちは、本来手にできるはずの権利を放棄しているのである。
放棄する理由、つまり与えるだけで見返りを受け取らないという合理性・論理性を欠いた行動をとってしまうのは、「男は(女に気に入られるよう)紳士的に振舞いなさい」という後天的な刷り込みのせい、あるいは、本当は見返りを要求したいのだが、恋愛の役割分担からくる男の立場の弱さ(関係開始のトリガー役)のために、相手に交際や結婚を「お願いする」弱い立場に追いやられ、権利を十分に主張できないせいである。
それに、「人は平等を好み、不平等を好まない。よって、実際に人々が結んでいる人間関係こそが平等な関係である」という理由で、何が平等で、何が不平等であるかの答えを現実世界での男女関係のあり方に求めることは適切ではない。なぜなら、人は他に選択肢がなく、不本意ながら不平等な関係を結ぶこともあるからである。この場合、その人はその関係を(消極的ながらも)受け入れたことになるが、関係を受け入れたことと、その関係が平等な関係であることとは同じではない。(GenTrade(2005))
男に「男役割・男らしさ」を期待・要求する限り、支配したいという欲求を男が持つ可能性をなくすことはできないし、そういった男の要求は、ギブ・アンド・テイクの原則に基づいた正当性のあるものである。
男に「支配したい」という欲求を抱かせないようにするには、男に自らの「女らしさ」のギブを超えた男らしさ・男役割を求めないことだ。
男根的な態度が嫌だというのなら、「男らしさ」を男に要求しないことから始めなければならない。
1節.DVを犯さずに傷つけられた名誉を回復する方法の確立
男に不利にならない形でDVを防止する方法として、攻撃を受けた被害者男性が、DVを犯さずに傷つけられた名誉を回復する方法と、暴力以外の方法で女の問題行動をやめさせ、反省・謝罪させる方法を確立することが考えられる。
しかし現実的には、このような方法の確立など不可能に近い。
ケンカをしている最中に、その当事者が相手に反省を促そうとしても、余計にエキサイトさせてしまうのがおちだからだ。
あえて実現可能な方法を考えるとすると、相手の攻撃から防衛するための、限定的な暴力を容認する方法しかないかもしれない。
具体的には、暴力を振るった男がDV加害者として被告になった時、暴力に至る女からの攻撃・挑発の内容いかんによっては、被告の刑罰を軽減する、あるいは法的責任を問わない、などである。
ただしこの際、「攻撃・挑発の内容」の証明は罵詈雑言を録音したテープによるなど、慎重に行われなければならない。
2節.女性向け加害者更正プログラム
女性向け加害者更正プログラムは、一般的に加害者としての意識の低い女に対し、夫・恋人への攻撃のなかにはDVにあたるものがあるあることを教え、そして男のDVの原因である「DVを誘発する攻撃行為」および「男らしさ・男役割を要求すること」を抑制した新しい生き方ができるような更正訓練で構成される必要がある。
1.DVおよび夫のDVを誘発する攻撃行為の抑制
3章で取り上げたような行為はDVであり、たとえ相手に対して気に入らないことがあり、腹が立ったとしても行ってはならないことをまず教える。
2章に挙げたような行為も、同様に行ってはならない、男にDVで返される危険があるので避けるべき行為であることを教える。傷つけられた男性が名誉を回復する手段が確立されていない現状において、DVに当たる手段に訴えざるを得なくなってしまう可能性が高いからだ。言葉で傷つけられてから「やめて」と言っても後の祭りであるし、何の問題解決にもならない。あとは男の聖者のような忍耐力に期待するしかない。
ポイントは、気持ちの表し方・コントロールの仕方を学ぶことだ。
男が思わず殴ってやりたくなるような、言葉・態度での暴力・相手を傷つける行為をやめる。特に、カッとなって後から責任がとれないような物言いは厳禁である。相手が聞く耳を持つような気持ちの伝え方を学ぶのだ。たとえば、2章3節で紹介した「ドゥルース・モデル」のケーススタディにおいて、「ごめんなさい。どうしても必要なものがあったの。これからは勝手に使ったりしないから。そんなに怒らないで」というような気持ちの伝え方である。
2.「男役割・男らしさ」要求の抑制
気持ちの伝え方を学ぶのももちろん必要だが、その「男に対する気持ち」つまり「男への要求」そのものがギブ・アンド・テイクの成り立たない男女不平等なものであり、男の「支配することで元をとろう」という態度を誘発させることがある。
このような「男役割・男らしさ」要求は、抑制することがDV防止につながる。
男に男根的な欲求を抱かせるのをやめるためには、女が、男に過度の男らしさを要求しない、自分が「女らしさ」で返礼できる程度に男役割への要求をとどめておけるように再教育することが必要になる。男性優位的な考えを男が持ちたがるような、男ならではの役割・男らしさから、男を解放してやるのだ。解放するとは、男の意識を変えることではなく、女が、男に男らしさを求めないことである。
3.「男役割・男らしさ」要求抑制のための具体的なカリキュラム
まず講義形式で、4章2節で扱ったような性別による役割分担、その不均衡な解消(女役割だけ軽減され、男役割はそのまま)によって発生している男性差別について、男役割は女にとってベネフィット・テイクである一方、男にとってはコスト・ギブであり、決してタダではないことを学ぶ。
次にグループディスカッションを行う。グループにはインストラクターをつける。インストラクターは、ディスカッションのテーマ毎に、女たちが当然・普通であると信じて疑わなかった行動・男への期待が、男に過大な負荷をかけ、結果男性差別を生み出していることに気付かせるよう問題提起をし、誘導する。
たとえば、以下のような議論の進行が考えられる。
パートナーにしたい男はどういう基準で選ぶか、という議題でグループディスカッションを行う。
女「やはり女性の心理を理解できる男性がいいですね」
進行役(以下:進)「具体的にどういった心理でしょう」
女「女性は、結婚することにより男性の籍(家庭)に入り、もしかしたら男性の両親や兄弟などと一緒に暮らさなければならないという不安な要素があるんです。また、女性は欝や体調不良に陥りやすい月経という体のしくみを持っています」
進「つまり結婚生活には大いに不安があり、精神的にも不安定というわけですね」
女「はい。だから『どれだけ自分を守ってくれる覚悟があるかどうか?』『ワガママで躁鬱のある私を、許してくれる器の大きさを持っているだろうか?』というのが重要な選考基準になってきます」
進「つまり、守ってくれなくて、あなたのワガママを許してくれないとダメだと」
女「はい。女性の心理状態を理解できない男性は嫌です」
進「なるほど。では逆に、相手の男性があなたのようにワガママで、精神的に不安定だったらどうしますか?」
女「嫌ですそんな人。男のくせに。」
進「でも、あなたも相手に同じことを要求してるんですよ?」
女「私は女です。男が、女と同じように頼りなくてどうするんですか。女性とはそういうものだし、男と女は違う生き物なんです。同じようにはできません」
進「男と女は違うし、女という生き物の性質は変えられないということですね。わかりました。あなたのおっしゃる通り、男と女には違いがあります。ここで、男について考えてみましょう。『浮気は男の甲斐性』という言葉があります。また、男性は、女性に比べ、物事を解決する手段として、また、自己を主張する手段として、物理的手段、つまり暴力に訴える傾向が女性よりも強いです。あなたは、そのような男性の性質を『男性はそういうもの』ということで受け入れますか」
女「受け入れるわけないでしょ!あなたは男らしさというものを間違っています。男らしさとは、女性を守り、受け入れ、我慢する強さです。暴力とか浮気とかいうのは、『悪い男らしさです』」
進「ワガママで精神的に不安定というのは『悪い女らしさ』ではないのですか」
女「だから、そういう女のダメな部分を、真の強い男は優しく包み込むんです」
進「『悪い男らしさ』も、ある意味、男のありのままの姿ですよ」
女「違います。だって、そうじゃない人がたくさんいるでしょ。男性は、女性に受け入れられる態度・接し方を学ぶべきなんです。だいたい、そんな男性が女性に選ばれるわけないじゃないですか。女はみんな幸せになりたいのに」
進「幸せになりたいのは男性も同じです。ワガママで精神的に不安定な人とでは、男性は幸せになれません」
女「だから、それは女性はそういうものだから仕方ないと何度言えば…」
進「仕方なくはないですよ。そうじゃない女性もたくさんいるわけですから。だいいち、男性だって相手の家族とうまくやれるかどうかは不安なんです。相手の親の過干渉・妻への肩入れが離婚の原因となるケースも少なくないですし。それに、『生理があるから女は精神的に不安定』なんていうと、現在責任ある立場で活躍している女性の能力を否定することになります。『女だから仕方がない』んじゃなくて、個人の問題です。つまり、しょうがないのはワガママで精神的に不安定なあなたなんです」
女「でも、主人は私に結婚して欲しいと言いました」
進「それは、あなたが結婚すれば変わると思ったんでしょう。現に、結婚後のあなたに不満で、ご主人は暴力まで振るったんでしょ?『女はそういうもの』という理由で、男性パートナーに一方的にもたれかかり、甘えることは不可能なんです。男性も、本当は不平等も女の甘え・わがままの被害者になることも嫌なんですよ。これまで、男らしさ・男役割によって抑圧され、嫌と言うことが許されませんでしたけどね」
1節.本研究の要約
本研究では、夫婦ゲンカのなかでは、DVとは認定されないものの妻から夫への相当程度の攻撃があることと、にも関わらずDV防止策は男の行動を変えることだけに焦点が置かれているおかしさを指摘(2章)し、妻から夫への攻撃のうち、加害者側は気付いていないがDVに相当するものの実例を挙げた(3章)。さらに、DVの原因の1つである男の支配欲求について、恋愛が不平等な現代においては、男にはそのような欲求を抱くインセンティブが構造的に働くことを示し(4章)、男性差別的でないDV防止策として、男へのDV、DVを誘発する挑発・攻撃、男の支配欲求を生み出す男役割要求を抑える女性向け加害者更正プログラムをメインに提言を行った。
2節.今後の課題
現代における人々の男女観は著しく男性差別的で、弱者・被害者=女性、支配者・加害者=男性、という、男女の役割分担、ギブ・アンド・テイクの一面しか見ない偏ったものが支配的である。このようなバックグラウンドでは、DVを犯さずに傷つけられた名誉を回復する方法の確立にせよ、女性向け加害者更正プログラムにせよ、残念ながら実現は難しい。
逆に言えば、「男らしさ」「女らしさ」が異性に与える影響の再認識、性役割の違いからくる男女間のギブ・アンド・テイクや男性差別の存在が認知されさえすれば、DV問題の根本的な解決は不可能ではないと考えられる。
本研究についていえば、5章で提案したようなDVの男女不平等の解決策は、いずれも実現されていないものである。DVについて、暴力を誘発する女の言動、および女によるDVを抑える、というスタンスでDV防止に取り組んでいる社会は今のところ存在しない。なので、本研究で提案した施策の効果、実現性について、現時点では事例をもとに評価することができない。この点を本研究の問題点とし、今後の課題とする。
アンカップリング研究会編(1996)「妻に異議あり」青木書店
石坂晴海(1993)「×一(バツイチ)の男たち」扶桑社
ウォーカー, L. E. 斎藤学監訳(1997)「バタードウーマン 虐待される妻たち」金剛出版
戒能民江監修(2002)「ドメスティック・バイオレンス 夫婦ゲンカが犯罪になるとき」主婦と生活社
梶山寿子(1999)「女を殴る男たち DVは犯罪である」文藝春秋
亀山早苗(2003)「男が離婚が語るとき」ポプラ社
小西聖子(2001)「ドメスティック・バイオレンス」白水社
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関谷透(1999)「帰宅拒否 いい父親ほど心を病む」PHP研究所
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吉廣紀代子(2001)「僕が妻を殴るなんて DV加害者が語る」青木書店