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Q&A男性差別

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目次

Q. 男女平等の定義

Q. フェミニズムでは、生物学的な差異で女性のハンディになるものは、保護するのが平等だとしているが、それについての解釈は

Q.「男らしさ」「女らしさ」や性役割について

Q.「男らしさ(女らしさ)」は、異性にとっていいことなのか、悪いことなのか

Q. でも、性役割とか「らしさ」にこだわっているのは男性のほうですよね。それは、やはりステレオタイプの「らしさ」に基づく性役割は、男性に有利だからじゃないんですか?

Q. えっ?これまで、女性は差別されてきて、低い地位で苦しんできたから、女性の置かれた環境を改善しなきゃいけないんじゃないんですか?

Q. 性差、セックスとジェンダーの違いについてはどのように考えますか。

Q. 男性差別には具体的にどのようなものがありますか

Q. 男性差別が解決されない、放置され続けているのはなぜでしょうか

Q. 男性を、ジェンダーに対するスタンスで分類すると、どのようになりますか

Q. どうすれば男女平等は実現できますか


Q. 男女平等の定義

A.

議論の前提となる、本HPにおける男女平等の定義を説明します。

「男女で役割に違いがある場合は、男女間でギブ・アンド・テイクが成り立っている状態、あるいは男女が同じ役割を等分の負担でこなしている状態を平等とする」というものです。


これは、男女で役割が違っていて、たとえばある団体や共同体の構成員が1つの性でその大勢が占められている−具体的には、国会議員や大臣、大企業の重役の多くを男性が占める、とか、徴兵が男性のみに課されている、など−としても、その事実「だけ」では性差別であるとは言えない、ということです。

そのような場合でも、ギブ・アンド・テイクが成り立っていれば平等であるといえます。


逆に、不平等は、片方が与えているにもかからわず、その報酬・見返りがない状態をいいます。


これは、たとえ一方の性がもう一方の性と比べ、弱く、サポートが必要な場面があったとしても、もう一方の性が無償で援助する必要はなく、そのような役割分担は援助する側に負担だけをかけ報酬を与えない不当な役割分担であり、不平等である、という意味です。

「男らしくない。弱くなった。情けない」と男性が男らしくないことについての批判を耳や目にするようになって久しいですが、このような現象についてコメントするとしたら、以下のようになります。

「男性に男役割を担わせて男らしくあることを期待するなら、まず男らしく振舞う(男役割をギブする)ことによりどのような報酬(テイク)があるかを明確にし、このような報酬・男ならではの特権を得ているのだから男には男役割の履行義務がある、という形の批判でなければならない。

逆に、男らしさというコストに見合ったベネフィットがない、あるいはコストに見合わないほど乏しいのであれば、男性がコストに見合わない男役割をバカバカしいと感じ、期待される男らしさを忌避するのは合理的かつ当然であり、そのような男性の振舞いを否定・非難するのは平等という基本的人権の侵害であるといえる。」




Q.
フェミニズムでは、生物学的な差異で女性のハンディになるものは、保護するのが平等だとしているが、それについての解釈は


A. 生理学的な性差−具体的には、女性は妊娠・出産する性であるということ−を認め、そのような性差に「配慮」すること−具体的には、女性を保護すること−は、決して逆差別や女性優遇ではなく、男女平等のための前提条件である、という解釈ですね。


でも、その「配慮」は、男性から見れば、男性だけに課されるコストであり、本来は負担する筋合いないものです。

見返りを男性に与えないと、負担は正当化できません。

もしタダで「配慮」を行えというのなら、それは搾取であり、男性差別になります。

男らしさ・男役割は決して、タダではありません。

そして女性は、障がい者・ハンディキャッパーではありません。

HPでは、性差の存在は認めます。

しかし、性差があるのなら、逆に女性が優れている部分、強い部分もあるはずで、そのような場面で個性を発揮することにより、自分たちが弱い部分で男性に助けてもらった返礼として、何らかの貢献はできるはずです。

「だ・か・ら、そのような役割分担が女性を従属的な地位に置いて、長い間女性を抑圧してきたんでしょうが!」

このような疑問への回答は、設問「Q.「男らしさ(女らしさ)」は、異性にとっていいことなのか、悪いことなのか」をお読みください。



Q. 「男らしさ」「女らしさ」や性役割について

A.

まずは整理のため、GenTrade(2005)恋愛における男女不平等とその原因2章にある、ステレオタイプな「男らしさ」「女らしさ」の概念に基づく男女の役割分担と、その役割分担からくるギブ・アンド・テイクを再掲します。

@能力・特徴の差からくる役割分担


a.体力・体格において男が優れている。

メリット

デメリット

社会的地位が高い

生物学的地位が低い

粗末に扱われる

メリット

デメリット

生物学的地位が高い

丁重に扱われる

社会的地位が低い


「生物学的地位が高い」とは、「生命の危険がある時には優先的に守られる。丁重に扱われる。危険をともなう場所・役割を回避できる」という意味です。「生物学的地位が低い」は「生命の危険がある時の保護は後回しになる。粗末に扱われる。危険をともなう場所・役割を率先して引き受けねばならない」状態を意味します。


b.男は攻撃的、女は愛情豊か・慈悲深い・やさしい

メリット

デメリット

言葉づかいや礼儀作法についてうるさく言われない

 

メリット

デメリット

 

言葉づかいや礼儀作法についてうるさく言われる

 

c.男は勇敢、女は臆病

メリット

デメリット

 

生物学的地位の低さ

粗末に扱われる

弱音を吐いてはならない

メリット

デメリット

生物学的地位の高さ

丁重に扱われる

勇敢さ・精神的強さを強制されない

 

 

d.男は活動的・能動的・支配的、女は受身

メリット

デメリット

決定権・影響力がある(個人的関係においても地位が高い)

共同体や関係のセッティング・管理の役割を担う

責任がある

メリット

デメリット

共同体や関係のセッティング・管理の役割を担わなくていい

責任がない

決定権・影響力がない(個人的関係においても地位が低い)

 

 

A役割分担からくるギブ・アンド・テイク

 

a. 体力・体格において男が優れている。

テイク

ギブ

身の回りの世話

経済的保護

(身体的保護については「c.男は勇敢、女は臆病」で扱う)

 

テイク

ギブ

経済的保護

(身体的保護については「c.男は勇敢、女は臆病」で扱う)

身の回りの世話

 

b. 男は攻撃的、女は愛情豊か・慈悲深い・やさしい

テイク

ギブ

癒される

 

テイク

ギブ

 

癒す

 

c. 男は勇敢、女は臆病

テイク

ギブ

 

身体的保護

丁重に扱う

頼られる

テイク

ギブ

身体的保護

丁重に扱われる

頼る

 

 

d. 男は活動的・能動的・支配的、女は受身

テイク

ギブ

決定権・影響力(を譲りうける)

共同体や関係のセッティング・管理コスト(を引き受ける)

責任(を引き受ける)

テイク

ギブ

共同体や関係のセッティング・管理コスト(を免除される)

責任(を免除される)

決定権・影響力(を譲る)

 

ステレオタイプの男らしさ・女らしさによる性役割は、男女双方がそのすべてを、もしくは同量ずつ部分的に遂行する限りにおいてギブ・アンド・テイクが成り立っており、これは男女平等の条件に合致しており、したがって平等であるといえます。

これを、「女性(のみ)が抑圧されていた、差別されていた」という人は、男のギブ、女のテイクを過少評価しているか、女のギブ、男のテイクと違って当たり前のこと、と考えているのでしょう。

たとえば、賃金格差だけを比べて、「女性の賃金が低い、地位が低い。女性は差別されている」というのは簡単で、かつ正しい主張です。が、これは女性の立場から「だけ」でしか事象を見ていません。男性からすると、「寒い日の朝、隣のベッドで寝ている妻を横目に働きに出て、一家の大黒柱の役割を果たしている。どっちが恵まれているのか、地位が高いのか分からなくなる。少なくともこちら(男性)ではないのではないか」と言いたくなります。これを男の勝手と言うなら、先ほどの女の地位が低いうんぬんも「女の勝手」です。

 

Q.「男らしさ(女らしさ)」は、異性にとっていいことなのか、悪いことなのか

A.

「男らしさ」「女らしさ」には、異性から見て「いい男らしさ」と「悪い男らしさ」、「いい女らしさ」と「悪い女らしさ」があります。

前出の、ステレオタイプな「男らしさ」「女らしさ」や性役割をもとに説明します。

 

・女から見た、いい男らしさ・男役割

経済的に頼れる(a)

力仕事を引き受けてくれる(a)

丁重に扱ってくれる(レディへの気遣い) (c)

守ってくれる(c)

自分の代わりに責任や決断を引き受けてくれる(d)

 

・女から見た、悪い男らしさ・男役割

身のまわりの世話を期待される、自分でやらない(a,b)

乱暴で暴力的である(b)

偉そうにする、いばる(d)

 

・男から見た、いい女らしさ・女役割

身のまわりの世話をしてくれる(a,b)

やさしい(b)

控え目。高い社会的地位を男と競わない(d)

 

・男から見た、悪い女らしさ・女役割

経済的に頼ってくる(a)

力仕事を期待してくる(a)

丁重な扱い、レディへの気遣いを期待してくる(c)

自分の安全を後回しにしてでも保護するよう期待される(c)

重要な決断を押しつけられる、責任をとらない(d)

 

結局、「らしさ」というのは、異性からみてコインの裏表なんです。

ある文化圏では、女性は車の運転が禁止されています。これは、女性の行動を制限するという意味では女性にマイナスなのですが、同時に、車の運転という危険な行為(その文化圏では)から女性を守ることにもなっています。

逆に、男性ほど自己主張をせず、控え目な女性は、男性にとって「でかい面ができる」という意味ではいいのですが、決断を押しつけられ、かつそれについて責任をとらされるという意味では、手のかかる、悪い女なのです。

 

 

Q.でも、性役割とか「らしさ」にこだわっているのは男性のほうですよね。それは、やはりステレオタイプの「らしさ」に基づく性役割は、男性に有利だからじゃないんですか?

A.

「男らしさ」「女らしさ」にも、異性からみて「いいもの」と「悪いもの」があることがわかりました。そして、ここで忘れてはならない重要なことは、女性が、自分たちに利益をもたらす男らしさ・男役割については現代でも強く望んでいるという事実です。

たとえば、女性が結婚相手に望む条件として、経済力というのが上位にあります。

これについて、男女の給与差、男女の正規職員の割合の差、女性管理職の割合などデータを用いて、男社会の中で、女性の地位が低く、働く女性が報われない現実があるから仕方ないのだ、などと説明されます。

 

しかし、女性たちは、女に生まれたがゆえに、キャリアによって男性並みの収入を得るチャンスが男性よりはるかに狭き門になってしまっているから、仕方なくキャリアを諦めて、第2の選択として、結婚によって経済的な豊かさを求めようとしているのでしょうか。

違うでしょう?自分で働くより、リッチな男性と結婚したほうが楽できるからでは?

そもそも、すべての女性が、多くの男性と同じような環境−より地位も給与も高いが、よりハードである−で働きたいと思っているのでしょうか。はなはだ疑問です。

 

もし、女性が結婚に経済的な活路を見出す理由を、「男社会の中で、女性の地位が低く、働く女性が報われない現実」に求めるのならば、「もし、女性が十分な地位と収入を得られるのならば、女性は結婚(相手)に経済力を求めなくなる」という命題が成り立つはずです。

ところが、その命題は間違いです。

 ナンシー・エトロフ(2000)『なぜ美人ばかりが得をするのか』(草思社)にある、医学部の女子学生への調査(残念ながら調査概要が掲載されていません)では、

「自分と同等か、それ以上の収入のある男性との結婚を望むと答え、自分より収入の低い男性と結婚したいという者はひとりもいなかった」

ご存知のとおり医者は高収入の職業であり、女性医師より収入が低い男性でも、全労働者平均よりは上だったりします。

 

勝間和代(2006)『インディでいこう!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)でも、パートナーの年収として1000万円以上を求めています。

本人の目標は600万円なのに。

年収600万円は、一応十分な収入といえると思いますが、それでも、やっぱり男性には自分を超えていることを求めているんです。

決して、今の世の中において女性には自力で経済力を得る選択肢がないから仕方なく、つまり社会のしくみや性役割に問題があるから、ではないのです。男性に経済力を期待することは、女性の特徴であり、特権になっているのです。

 

また、筆者の知るある女性は、デートでの性役割に基づく男→女のサービスを当然のことのように要求したかと思ったら、同時に育児休暇を取る男性に「みんな見習わなきゃダメだよ」などと拍手喝采してみたりします。

 

「レディとして扱われたい、だけど(だから)女ならではの性役割は引き受ける」でも

「男も家事を分担しろ。こちらももう女だからといって丁重に扱うことは要求しないから」でもないんです。

男性と平等の権利と、かつての女の特権、両方なんです。

 

結局、女性は、性役割のギブを担うのは嫌だけど、テイクは欲しているのです。女の特権を手放したくないんですね。

 

「平等や性役割からの解放を求める女性を応援しよう」と、女性の変化に協力的で、進歩的な考えを持つ男性たちが、自由や解放は自分たちだけで、男性が性役割から解放されるのは認めない、受け入れない女性たちに直面して「裏切られた」と感じたのも無理はありません。

 

ただ、少なからぬ男性が、このような女性のずるさ、要求の矛盾には気付いています。男性としては、「女性の権利」は認めて(法律ができているので反対したら罰せられる)、「男らしくしてほしい」というもう1つの要求を拒否するのが唯一とりうる「防衛策」となります。「草食系男子」も、このような文脈で説明できます。

 

もちろん、さまざまな意識調査によると、男性が「経済的に家族を支える」という男役割にアイデンティティを感じているのは知っています。しかしこれも、パートナーの女性の要求と切り離して考えるのは難しく、かつ不自然です。

「パートナーの女性は、相手にまったく男らしさ、男役割を求めていない」「男性のほうは、相手の女性のこのような性向を知っている」という条件、
つまり、まったく男らしくなく、男役割を1人で担わず相手と分担していても、それでもパートナーの女性に愛され、対等な存在として尊重される、という条件で、
それでも男性が男らしさ、男役割にこだわるのかどうか。

 

現状から目指せる現実的な男女平等(男女のよりフラットな関係)の実現には、男性が「男役割」から降りることができる必要がありますが、そのためには、稼ぎ手としての役割や、恋愛・結婚におけるリード役などを、男性だけに求めず、女性も引き受ける覚悟が必要です。

しかし現状では、女性側にその準備ができているとはとても思えません。

 

最後に、簡単な意識テストを行います。女性向けですが、男性が行ってもかまいません。

◆ある女性が、今の恋人と交際してしばらくたったので、それとなく結婚をほのめかす発言をしてみたが、「プロポーズは男の役割と決まっているわけではない」と彼に言われた。このような彼をどう思うか。

1.男性として間違っている

2.こういう男性がいてもいいと思うし、「男らしくない」などと非難されるべきではない。しかし、自分が、恋人や夫にこのような態度をとられるのは嫌だ

3.全く問題はない。自分がこのような場面に遭遇したら、女性である自分からプロポーズする

ちなみに、1だけではなく2を回答した場合も、女性が男性に「男役割」を期待・要求していることになり、したがって1あるいは2を選択した女性は、性役割について保守的であることになります。

「そういう人(男性)がいてもいいけど、自分はそういう人と付き合ったり結婚したりはしたくない」というのは、結局、男性が性役割から解放されることを許していない、認めていないのです。

 

 

Q. えっ?これまで、女性は差別されてきて、低い地位で苦しんできたから、女性の置かれた環境を改善しなきゃいけないんじゃないんですか?

A.

巷に広まっている「男は支配者にして加害者、女は被害者」という、物事の一部分しか見ない「単眼的な」分析にしたがうと、性役割がはっきりしており、男は男らしく、女は女らしく振舞っていた時代は、男性が得をし、女性は損をしていたことになっています。

もちろん、現実はそんなに単純ではありません。

性役割により女らしさを押し付けられ、これを被害・抑圧と呼ぶなら女性は被害者であり、抑圧されていた。これは正解です。
その女役割によって恩恵を受けていたのは男性なので、男性は加害者である。これも正解です。

しかし、女性のケースほど被害として人々に認識されていないものの、男性もまた性役割により男らしさを押し付けられていたのは事実です。

 

男性に、賃金を稼ぐ役割、肉体的に女性を守る役割を期待したとして、それによって、男性は高ストレスや危険が高まることで悩まされ、女性は利益を得ているのであれば、女性は加害者だということになります。

もちろん、それに見合うギブ・アンド・テイクが男女間でなされているなら問題はありません。

 

男は支配者にして加害者、女は被害者」という理解は確かに部分的には正しいのですが、男女関係の一部しか見えておらず、目隠しをして象の鼻に触り、この動物は蛇だ、と言っているのと同じなのです。もし、この構図が頭にあるせいで、男性が差別されていること、そしてその加害者は女性であることに気付くこと・理解することができないのであれば、この単純な思い込みは有害ですらあります。

 

男女関係について、女性だけが被害者、差別されてる、損している、という理解(誤解)の人は、とにかく女性を利することをするのが正義だと信じているので、男性のメリット、女性のデメリット「だけ」を解消するようなダブルスタンダードに何の疑問も罪悪感も抱きません。

 

そのような考えが支配的ななかで、たとえば内閣府が2004年に行った「男女共同参画社会に関する世論調査」のような「意識」の調査をやっても無駄です。

女性「だけ」が差別されている、男性差別なんて存在しない、男性のメリット、女性のデメリットだけを解消すれば男女平等は訪れる、という考え方が男女平等やジェンダーを語るうえで支配的な社会で、「男女の地位は平等になっていると思うか」と聞いても、「男性優位である」と答える人が多くなるに決まっています。

 

そして、このような人々の理解(誤解)は、性差別の被害者のうち忘れられた人(男性)の発言を制限する方向に働きます。

『マンズ・ワールド』(エリス・コーズ著、近藤和子訳(1998)、日本経済評論社)にある、男性運動家のウォレン・ファレルが、男性・女性グループのディスカッションのテープを聞き直しての記述です。

「女が男を批判すると、それを『鋭い洞察』とか『断固たる主張』とか『女性解放』とか『自立』とか『自尊心が高い』とか言った。男が女を批判すると、それを『性差別』とか『男権主義』とか『防衛的』とか『合理化』とか『反撃(バックラッシュ)』などと呼ぶ。私は上品に批判したが、男のほうが要点を押さえていた。すぐ男は自分の気持ちを表現しなくなった。だから、私は自分の気持ちを表現していないと男を批判した!」


これにより、性差別の解消において、男性はますます取り残されてしまうわけです。

 

 

Q. 性差、セックスとジェンダーの違いについてはどのように考えますか。

A.

性差については、存在するものとして認識しています。

で、その性差が先天的なものなのか、後天的なものなのかについては、「どちらでもいい」というスタンスです。

どちらかよく分からないというのもありますが、どちらであっても、それによって、筆者の性役割についてのスタンスが変わるわけではないからです。

これは、たとえある性役割や性質が先天的な性差によってもたらされたものであっても、その役割は絶対的な、固定的で変えられないものではない、という認識だからです。

 

フェミニズムは長年、後者だと証明したがってきました。「性差に基づく性役割は、生来の、固定的なものではない」と言いたかったからですが、この姿勢にはいくつかの疑問があります。

まず、仮に性差が、遺伝レベルの先天的なものだとしても、その事は現在の性役割を、もっと具体的に言うなら女性差別を正当化するものではありません。ですから女性差別を否定するうえで、わざわざ性差が後天的な、学習によるものだということを証明する必要はないのです。

次に、現代では、性差を理由に、性役割を正当化し、特権を手放さないのはむしろ女性側であるということです。

先のQ(「フェミニズムでは、生物学的な差異で女性のハンディになるものは、保護するのが平等だとしているが、それについての解釈は」)に書いた「生物学的な差異で女性のハンディになるものへの配慮」という発想がまずそうですし、恋愛や結婚の話になると、積極的なアプローチ、食事代やプレゼント、告白やプロポーズといった「男役割」は、「動物もそうだから」「女には守られたいという本能があるから」と当然のように押しつけられます。

 

「それが本能だから、男も女もそういう生き物だからしょうがない」は通用しません。

仮に女性が、強い男性に頼りたい、自ら能動的に動くより男性にしてもらうのを好む本能を持っていたとして、もし、そのような男役割から得たテイクを女役割というギブで返さないのなら、その女性の本能・行動を後天的に矯正する必要があります。

 

男性だって、暴力性や多くの異性と交わりたいという本能は、教育やルールによって社会的に矯正されています。女性の本能も、男性に負担をかけるような本能は「望ましくない本能」であり、それは教育やルールによって社会的に管理・矯正する必要があるのです。

 

 

Q. 男性差別には具体的にどのようなものがありますか

A.

1.制度上の不平等

離婚

・財産分与

妻の家事労働はあくまで夫の賃金労働と同等であり、結婚期間中に蓄積された財産について分与の権利がある、というのが専業主婦が財産分与を受ける根拠です。分与の対象になる財産は、結婚期間中に夫婦で築いた財産であり、それ以外の、たとえば夫の遺産相続など、妻の功績とは関係のない「固有資産」は財産分与の対象外です。これは法律でも決まっています。が、実際にはこのルールにしたがうと妻への分与が少なくなる場合、妻がかわいそうだからという理由で裁判では法律がねじ曲げられて適用されます。

(山口宏(1997)『うかつな男としたたか女の法律講座』講談社)

司法の立場としては、女性保護という「正義」を実現したつもりなんでしょうが、こんな判例がまかり通ってしまうと、男性には、結婚そのものを回避するインセンティブとして作用し、少子化の原因になります。

 

・親権

平成19年度司法統計年報によると、約90%のケースで母親が親権者に指定されています。

 

DV政策

夫婦ゲンカのなかには、DVとは認定されないものの妻から夫への相当程度の攻撃があり、妻から夫への攻撃のうち、加害者側は気付いていないがDVに相当するものまた存在します。にも関わらずDV防止策は男性の行動を変えることだけに焦点が置かれています。男性差別的でないDV防止策として、男性へのDV、DVを誘発する挑発・攻撃、男性の支配欲求を生み出す男役割要求を抑える女性向け加害者更正プログラムが必要です。

(GenTrade(2006)DV(ドメスティック・バイオレンス)防止に向けた取り組みの男女不平等参照)

 

2.身体保護

災害時の救助

犯罪組織の人質解放もそうですが、「女こども」優先です。

 

徴兵

伝統的な男役割ですが、これとの引きかえに得られる男の特権が今や存在しない以上、男性差別であるといえます。

 

3.個人的・私的な関係における役割分担の不平等

恋愛・結婚の不平等

関係開始のトリガー役、関係開始後の負担の不平等など、恋愛・結婚といった私的で個人的な関係は片務的です。

(恋愛における男女不平等とその原因参照)

 

4.女性優遇

レディファースト

性役割による女の特権の典型です。

 

レディースデーなどの女性優遇サービス

サービス提供者が女性優遇サービスを行う理由は、

・女性は「あなただけ」と特別扱いされると財布の紐が緩くなる

・女性はお得意様、常連客になってくれる率が高い

・女性は口コミでより多くの新規客を連れてきてくれる

・女性はアンケート等市場調査にも協力的で、レスポンスがよい

などです。

 

つまり経済的利益があるから行うわけですが、性別によって受けられるサービスが異なるというこの制度自体は、れっきとした()性差別です。

もし、女性優遇サービスのように経済的利益のために性差別が正当化されるのなら、長期的雇用に基づく人材育成制度において離職率の高い女性を基幹的職種から排除する、いわゆる統計的差別も正当化できるというのでしょうか?

 

5.男性への偏見

男性は悪者

下のリンク先は、あるウイルス対策ソフトのイメージ画像です。

自室でインターネットを利用し、悪質な犯罪に巻き込まれる恐れのある「被害者」は女性、手ぐすねを引いて待ち構えている「犯罪者」たちは男性になっています。

これは、「男性は悪者」という偏見に基づくものです。

実際の性別犯罪者数は問題ではありません。たとえ男性のほうがより多く犯罪を犯すとしても、「男性は悪者」という偏見に基づくイメージが刷り込まれているせいで、個別のケースについて、当事者のうち誰が悪いか、どちらが悪いかの判断にバイアスが生じえます。

女性より雑に扱われる

「男」「女性」表現が典型です。

同じ文章のなかに、「男」「女性」という表現が同時に使われるのは男性差別です。「男」より「男性」、「女」より「女性」という表現が丁寧であるのは明らかで、「男」「女性」表現は、男性を女性より雑に扱う行為です。表現は「男性」「女性」、あるいは「男」「女」に統一すべきです。

 

 

Q. 男性差別が解決されない、放置され続けているのはなぜでしょうか

A.

1.男性差別が正しく認識されていない

これまでくり返し書いてきたとおり、一部では、性差別というと女性差別を意味するくらい、そもそも男性差別の存在が認識されていません。

たとえ存在に気付かれていたとしても、男性差別は、女性差別ほど深刻な問題ではなく、したがって解決は後回しでいいと思われがちです。


そうなってしまった理由は、2つあります。

 

@フェミニズムが、主に、女のデメリットと男のメリットしか言わなかった

性役割に変化が起こったのは間違いなくフェミニズムの影響ですが、彼女たちはあまりにも女のデメリットと男のメリット「だけ」を強調し過ぎました。性役割のもう1つの側面−男性が性役割を課され抑圧され、その男役割から利益を得た女性が搾取する加害者である−は、気付いてはいたと信じたいですが、少なくとも、女性差別と同等の重要度で語られることはありませんでした。

一般の人の頭の中には、「男は支配者にして加害者、女は被害者」という、それ自体は正解だが男女関係全体の理解としては間違っている構図しか残らなかったのではないでしょうか。

 

A感覚的に、女性のほうが同情されやすい

性役割がはっきりしていて、女性の社会的地位が低かった時代のおいても、女性は男性より弱く、男性より優先して保護すべき、という考え方は一般的でした。だから「女は支配されている、抑圧されている、被害者だ」と訴えるフェミニズムは、感覚的に受け入れられやすかったというのは大きかったです。

 

さらに、女性の解放が先に進んだ、というより、女性「だけ」が解放されたことによって、性差別の解消において男性が取り残される傾向に拍車がかかりました。

かつての性役割や「らしさ」という規範によって、抗弁権が制限されるのは男女共通でした。(「男なんだから我慢しろ」「女のくせに生意気だ」)

しかし、前述のように、女性が優先的に性役割から解放されたので、「らしさ」という規範による発言の制限は、今や男性にのみ降りかかってきます。

女性が男性並みの自己主張をして「女のくせに生意気だ」と言われることはまずありませんが、男性が男役割の大変さをこぼすと、「男なんだから我慢しろ」とは今でも言われます。

 

2.現存のメンズリブ・男性解放運動の問題

 

これはフェミニストも同様の誤りを犯しているといえますが、「男らしさ」を抑圧と感じ、生きにくいと訴える男性について、彼らが苦しみを訴える理由を「男らしさ」「男役割」の基準が満たせない、つまり能力が足りない、競争に勝てない「負け組」であるから苦しんでいるというような言い方をするのです。

そういう言われ方をされると、仮に本当に負け組だったとしても、男性差別について自分から言い出しにくくなります。

 

「男の中にはサクセス組と落ちこぼれ組、男の中の勝ち組と負け組があります。男性性から利益を得ている男と男性性から被害を受けている男の間の格差が男同士の間にはあります。男らしさの利権が権力や地位として与えられている人々は、いろいろな抑圧があったり胃潰瘍を起こしたりしても、コストとトレードオフしても利益のほうが大きければ、そちらのほうを選びます。けれども、自分が男らしさによるコストを支払いながらそれに対する報酬が少ない人たちがいます。(中略)これは女性運動と非常におもしろい対照ですが、一般にこういう男性運動に関わる人たちは、男の中の負け組というか、男の中の落ちこぼれ組だという傾向があります。」(上野千鶴子・NHK取材班著(1991)90年代のアダムとイヴ』日本放送出版協会)

 

このような見解の間違いは、男性差別を、いわゆる「勝ち組」「負け組」といった、男性間の格差だと誤解(意図的に歪曲)することから起こります。残念なことに、このような誤解をしている人は少なくありません。

 

そういう人は、「ていうか、ぶっちゃけ、男性差別とかって、モテない男の愚痴でしょ()?」などと真顔で言ったりします。

「男性差別とかいう男は嫌い」「そういう事言う男はどうせモテない男」という物言いが、単なる発言者の人格攻撃に終始し、男性差別の訴えに対するまともな反論になっていないのは明らかですし、フェミニストに「ブスで男に相手にされないから社会に復讐してるんだろ」と言っているのと何も変わりません。正直、こういう反応しかできない人は哀れです。男性への依存・保護という、既得権を脅かされることに抵抗する女性の悲鳴にすら聞こえます。

 

男性差別とは、主に性役割からの解放のされ方が男女でズレがあり、結果男性のほうが強く「らしさ」に縛られ、男女間のギブ・アンド・テイクが崩れることによって起こります。

AさんもBさんも(ともに男性)、頑張って働いているのに、能力に差があるので待遇差がある、これは男性差別ではありません。

上野のいう「コストとのトレードオフ」で女性より高賃金を獲得したのに、そのコストとのトレードオフを避けて低賃金に甘んじているパートナーの女性に「あなたのほうが経済力があるんだから」と経済的負担を要求され、その見返りとしての女役割のサービスが得られない−家事を分担させられる等−のが、搾取であり男性差別なのです。

 

なので男性差別は「モテる」「モテない」、経済的に勝ち組か負け組かに関係なく、男性の身にふりかかってくるものです。

 

ブログ『こういう女はやめとけ』の「男たちの反乱が始まったでも書きましたが、三浦展著(2007)『下流社会第2章 なぜ男は女に"負けた"のか』(光文社)に掲載されている「男性仕事・生活調査2次調査」(2006)によると、(調査当時)35-39歳の男性では、自分と同等の収入をパートナーの女性に求める割合は、男性の収入が上がるにつれて高くなっており、年収700万円以上の男性では約39%になっています。

この調査のその他の年齢でも、妻に求める年収は、高収入男性ほど高くなっています。

 

これは、妻を養うという「男役割」を当たり前だと思わず、妻が対等なパートナーであることを、「勝ち組」男性も期待するようになっている傾向の表れだといえます。

 

男性たちは、経済力がないから、能力がないから男役割を嫌気しているのではありません。

男役割を全うするのに十分な能力はあっても、それを当たり前だと思わない、見返りがないから行いたくないと考えているのです。このような男性たちにとっても、男性解放運動は重要なのです。しかしそういう男性たちは忘れ去られています。

 

男性解放は、べつに競争に負けた男性たちのためのものではありません。

その辺の偏見・誤解も、男性が男性差別を訴えにくくなる原因となっています。

 

 

Q. 男性を、ジェンダーに対するスタンスで分類すると、どのようになりますか

A.

1.保守派

 

保守派とは、性役割や「男らしさ」「女らしさ」について、どちらの性のものも、メリット・デメリット双方を「あり」とする立場の男性を指します。

ただし、現実の法制度は男女同権を保障していますし、社会の慣習も男性のメリットと女性のデメリットが消滅する方向に変化しています。ですので、保守派の提言が実現するには、男女の役割分担の一部が、今より性役割のはっきりしていた時代のものに戻る必要があります。保守派の主張でよく「復権」という言葉が使われるのも、それを表しています。

保守派のスタンスは、両性のメリット・デメリットを温存するという意味で男女平等であるといえますが、筆者は、このような方向に時計の針が逆回りすることはもはや不可能だと考えます。

 

 

メリット

デメリット

 

 

2.マッチョ(バカマッチョ)

 

「マッチョ」というと、1.の保守派のような男性を想像するかもしれません。

しかし、ここでいう「バカマッチョ」とは、ネット上で生まれた言葉で、女性に気に入られるために、女性の言い分を無批判に受け入れてしまい、結果男性差別を招いてしまう男性のことを指します。彼らは、たとえば本 HPや筆者のブログのような、男性差別に反対する男性の言い分は「情けない男」の愚痴としかとらえません。

 

その特徴について、「恋愛至上主義的、恋愛資本主義的な考えを持つ」(はてなキーワード)とする論者もいるようですが、筆者は、特に恋愛至上主義でなくても、女性の要求を安易に受け入れ、結果男性差別的な役割分担に甘んじてしまい、それを疑問に思わない男性の総称として、「バカマッチョ」という表現を使います。

 

というのも、バカマッチョの範疇に、恋愛至上主義の男性たちだけでなく、「女性を抑圧するな。男らしさを捨てよ。だけど、男としてのアイデンティティーを守るため、女性に歓迎される男役割は引き受けるつもり」「支配することなく力強く」と主張するメンズリブの男性も入れたいからです。彼らも、男性差別を悪化させている犯人だからです。

 

バカマッチョである男性にとって、「男らしくあること」と「女性の権利を尊重し、平等を認めること」は矛盾しません。理由は、バカマッチョが、かつての男女関係について前出の「男=加害者、支配者。女=被害者」という単純な構図を正しいと信じているからです。バカマッチョにとって、男性差別は、存在しないものなのです。

 

バカマッチョの男性と話をすると、「女は感情的で知的な仕事に向かない」だとか「女は弱い生き物だ」などといった、女性の行動や権利を制限するようなジェンダー・ステレオタイプは全力で否定し、発言者を叱責するのに、力仕事や危険の伴う仕事、恋愛や結婚において積極的、奉仕的な役割を男性が担うことについては「そりゃお前、性差ってもんがあるから。しょうがないよ」と平気で言うわけです。

 

男女のメリット・デメリットについてですが、バカマッチョは、男のメリット、女のデメリットは否定します。他方、女のメリットと男のデメリットについては、先ほどの「性差があるから、しょうがない」で正当化します。それらは、バカマッチョにとっては仕方のないものであり、取るに足らないもの、少なくとも問題視すべきものではないのです。

 

 

メリット

デメリット

 

 消極的バカマッチョ

 

しかし、世の中には、これまで述べたような能動的・積極的なバカマッチョとは別に、本音では男性差別的な性役割に反対していても、男性差別の存在や、それに反対する態度が世の中に受け入れられていないため、周囲の期待に応えて、仕方なくバカマッチョ的な振舞いをしている男性も存在します。

意識と行動が異なるわけですが、彼らを、消極的バカマッチョと呼ぶことにします。

 

現実には、この「消極的バカマッチョ」も含めると、世の中の多数の男性がバカマッチョの位置に甘んじています。

 

 

3.解放派

 

解放派とは、文字どおり、旧来のステレオタイプの男らしさ・男役割に縛られない男性のことです。

男のデメリット、それとコインの裏表である女のメリットを認めないのはもちろん、彼らは男のメリット、女のデメリットにも否定的です。当然、女性の権利は認めています。

 

この状態を目標とする男性は多いでしょうが、実際には社会(女性)からの男らしさ・男役割の期待は大きく、実現はまだまだ遠いと言わざるをえません。

 

 

メリット

デメリット

 

 

Q. どうすれば男女平等は実現できますか

A.

新しい、男女関係についてあるべき姿を提示できる、考え方・世界観を構築する必要があります。

 

「だから、それがフェミニズムじゃないの?」という方へ。

 

フェミニズムが、女性だけの利益を代表しているものなのか、

それとも、既存の男女関係を、どちらかの性だけの利益を追求するのではなく、男女平等という原則から見直し、必要なら改善をせまる、男女関係全体を包括し新しいあり方を提示すようとする思想なのか。

 

筆者には、前者にしか見えません。

 

現在の、性役割がはっきりしていた時代からの男女の役割・環境の変化は、フェミニズムによるものと言えますが、フェミニズムは男女平等の実現に失敗しました。

 

その原因は、フェミニズムが、女性が被害者である、という立ち位置からスタートしているところにあると考えます。

たしかに、女性の被害はうまく説明でき、女性を差別から救うことには成功しましたが、その特徴ゆえに、男性差別を正しくとらえることができていません。

 

筆者には、以下のような理解が、フェミニズムが男性差別を解決できなかった元凶であるように思えてなりません。

「性役割も社会のしくみも、既存のものは男性により作られた。女性には決定権がなかった。だからそれは男性に都合のいいものに決まっている」

性役割によって女性が抑圧、差別されていたのはその通りですが、これは違います。

 

最近では、支配的地位にいた男性は一部であり、その他の「負け組」男性たちもまた非支配者である、などという言説も見られます。

が、筆者はそのような見解には全く与しません。

別に男性の中の階級を区別する必要などなく、支配的な地位にあり、性役割の決定権を持った男性がいたと仮定しても、その男性が、既存の社会のしくみを、別に男性だけの利益のために、男性に都合よく作ったわけではないからです。

仮に、そのような支配的な地位にある男性がすべて性役割を決定したとして、性役割が男性に都合よく作られたのなら、なぜ生物学的な地位の低さなど、男性に不利で女性に有利な性役割が存在したのでしょう?

 

「男らしさ」「女らしさ」といった規範により性役割が決定されていた時代に、絶対的な勝者はいません。

男も女も、性差別の被害者であり、同時に相手の性を利用し、搾取する加害者なのです。

そのような関係ですら、ギブ・アンド・テイクが成り立っていれば、男女平等であるといえます。

 

失敗のもう1つの原因は、運動面においてですが、フェミニズムの主張が、すべての女性を代表していなかったことです。

 

フェミニズムも、性役割における男性側の負担の存在は認識していて(たとえ不十分だとしても)、女性が権利を得たら、男性の負担の原因である「女の特権」を手放すことも想定していたとみられます。しかし、一般の女性はそうではありませんでした。

一般の女性たちが解放されても、依然として猛烈に男らしさを要求するのを、女同士の分裂を避けるためフェミニストは放置しました。

もちろん、性役割についてのスタンスは人それぞれで、実際には男性も女性も一枚岩ではありません。しかし、だとしたら、収入や社会的地位−大臣や国会議員、大企業の重役の数−を男女全体で比較して、女性が差別されていると結論づけるのはナンセンスです。低い社会的地位と引きかえに経済的・身体的保護を得ている女性は、ギブ・アンド・テイクが成り立っており、そこに不平等はありません

 

女性を解放するのは大いに結構ですが、男性の解放も同時に行わないと、現在のような男性差別が生じてしまうのです。

 

同じ性でも各人の個性、価値観の違いがあるのを前提に男女平等を目指すには、やはり本Q&Aのような、男女間のギブ・アンド・テイクに基づく考え方が適しています。

 

 

本Q&Aが、真の男女平等に向けた、新しい考え方・世界観の第一歩になることを願って




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